後世へ語り継ぐ

皆さまこんにちは(*^^)
昨日、通勤途中にたまたま道路を横切るリスを見かけて
「リス!もふもふ!かわいい!もふもふ!」と
1人車の中で叫んでしまったむっちゃんです。
タヌキを見かけても同様に「もふもふ!」と叫びます。語彙力はありません。

さて、本日は
佐倉市立志津小学校の生徒さんである6年生と3年生の兄妹が作成した
夏休みの自由研究の作品についてご紹介します。

どちらも70ページ以上、
阪神淡路大震災や東日本大震災当時の状況や、被災地の現状、
今後どうすれば自らの命を守ることができるのか等、
とても丁寧にわかりやすくまとめてくださっています。

今年5月にご家族でお泊まりいただいた際に
震災を風化させないための語り部バスへご乗車いただきました。
一番前の席で、語り部を務めた伊藤部長の話を熱心に聴いていたそうです。

自らの命を守ることができる体験型の自然災害ハザードマップを作りたい
学校で取り組める防災教育カリキュラムを作成し、後世に残したい
その想いから完成した素晴らしい作品は、全国小・中学生作品コンクールにて
文部科学大臣賞】と【中央出版社長賞】を受賞致しました。

多発する自然災害。
身近にどんな危険が潜んでいるのか、
有事の際にはどのようにして身を守るべきなのか、
阪神淡路大震災から23年、東日本大震災から7年経った今、
改めて深く考えさせられました。

お二人の自由研究が、後世へと語り継がれ、
防災・減災へと繋がりますように。

同封の手紙には、春休みに当館への宿泊を計画しているとのお言葉が。
語り部の伊藤部長はじめ、スタッフ一同心よりお待ち申し上げております。
再びお会いできるのが楽しみです。
この度は誠にありがとうございました。

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震災を伝承するために。民間からも震災遺構の募集が始まりました。

皆さまごきげんよう、ゆきでございます。

先日はかなり寒かったのですが、今週はとても温かく過ごしやすいですね。
私も先月末にタイヤをスタッドレスに変えたので、雪の準備は万全です!
雪がふらなくても、雨や夜露は朝晩凍ることがあります。
南三陸にお越しの皆様はどうぞ、冬タイヤ&安全運転でお越し下さいませ。

さて、12月から「震災伝承施設」の募集が始まりました。
先月末、ニュースでも多く取り上げられました。

震災伝承に“本腰”民間からも「震災遺構」募集(ヤフーニュース)
※12/5現すでにページが削除されてしまいました。

TBC東北放送様に「高野会館」を取材して頂きました。


震災直後の高野会館です。

ここの屋上で、2011年3月11日、
327名と、犬2匹の命が守られました。
その日は会館にあったわずかな飲物を
分け合い、飢えをしのぎました。

助かった住民の方々や海外のお客様からも保存を希望する声が高まり、
民間でありながらも、保存することを決めました。
一言で保存すると言っても、維持管理費もかかります。
当館は民間の一施設にすぎませんので、
この決断は大変大きなものです。

なぜ、震災遺構を残すのか。
大切な人を守るため、悲しい悲劇を繰り返さないためです。
伝え続けなければ、人は辛かったことも苦しかったことも忘れてしまいます。
10年後や20年後なら、私たちは若い世代に伝え繋ぐことができます。
しかし、100年、200年後には・・・?

震災から8年が過ぎようとしています。
新しいお店が何軒も建ち、道路も作り変えられました。
ふと、前はどんな道だったかな?ここにあった建物はどんな形?
そう思うことが、増えてきました。

年月が経つにつれ、人間の脳は、思い出さなければ、忘れてしまいます。
震災遺構は、思い出すきっかけになると思いませんか。

この場所で何があったか。どうやって乗り切ったのか。
後世に伝え続けて行きたいと思いませんか。


高野会館は以前はメインストリートに面しており、
利便性の高い地区の真ん中に位置しておりましたが、
今は舗装もされておりません。

より多くの方々にご見学頂くためには、
周辺道路の整備が必要不可欠です。

南三陸町民の一人として私は、
高野会館が震災伝承施設として登録されることを願います。

 

「震災伝承施設」の募集期間
第1次募集 平成30年12月3日(月)~平成31年1月31日(木)

お申込み・お問い合わせは
震災伝承ネットワーク協議会】様
http://www.thr.mlit.go.jp/sinsaidensyou/youkou/

 


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☆次回のスターパーティーは来年1月7日・8日☆

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新郎新婦 誓いは「町のために」

一週間ぶりのご無沙汰です。

Bluebirder*Sです。

このところ、南三陸町でも 少しだけですがみぞれや雪が降ったりして

寒い日が増えてきました。 まだ、積もりはしませんけどね。

     ~~~~~ ↑ ホテル観洋@6Fホワイエ ~~~~~

さて、そんな11月下旬、三連休の中日に

観洋では、一組のカップルが 披露宴を挙げました。

 

地元南三陸町を愛し、地元で暮らすお二人は

善史さんと恵里さん。

~~~~~ ↑ ホテル観洋@羽衣の間 ~~~~~

善史さんは 気仙沼支援学校、

恵里さんは 地元の のぞみ福祉作業所にお勤めで、

お二人とも福祉関係のお仕事をしています。

~~~~~ ↑ 春嵐太鼓♪ ~~~~~

出合いは、去年6月、

たまたま善史さんの研修先になった のぞみ福祉作業所でのことでした。

 

同じ志津川中学出身で、お互い見かけたことくらいはあったのでしょうが、

学年が違って 面識はありませんでした。

「かわいい~」というのが、善史さんの第一印象。

けれど、恵里さんは「中学で見たことあったかなぁ」という程度の印象だったそうです。

そんな出会いのお二人でしたが、その後 ほどなく とにかく 交際は始まりました。

 

 

恵里さんはディズニーランド好きの旅行好き。

この一年、あちらこちらへと一緒に旅行にでかけてはお互いの仲を深めてきました。

そして、今年6月 恵里さんの誕生日にも ディズニーランドへ。

 

お二人、あれこれアトラクションを楽しみながら、シンデレラ城の前にさしかかった

まさにその時でした !

「結婚してください!」と善史さんがプロポーズ。

恵里さんは「はい」と答えたそうです。

晴れて迎えた華燭の典。

利府高校では甲子園を目指した 善史さん。会場では当時のナインからも祝福を受け、

また、気仙沼支援学校の生徒や先生からも新郎を慕うメッセージビデオが届きました。

生徒たちに慕われ、仲間の人望も厚い善史さん。

復興途上の南三陸には「新興」が必要だという持論を持っていて、

夢は大きく 「地元にアミューズメント・パークを創ること」。

そして、「自分たちの住む 志津川の為になることをやっていきます」というのが

出席した皆さんへのお二人の誓いの言葉でした。

東日本大震災で 街ひとつ無くなった南三陸町にあって

新たな街をどのように再建していくるかは、喫緊の課題。

 

町の未来に頼もしい想いを強く抱いた 新しいカップルの誕生です。

 

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児童91人の命を救った神社

 

一週間ぶりのご無沙汰です。Bluebirder*Sです。

↑ こちらは、志津川湾の夕暮時。

ひと頃 朝夕が急に寒くなったと思ったら、

このところその寒さもいくらか和らいでいるようです。

今年は、エルニーニョの影響で 暖冬なのだとか。

 

さて、こちらは、南三陸町内 戸倉・折立地区の丘から眺めた志津川湾。

未だに工事車両が行き交い、復興は まだまだ途上です。

↓ 震災前は、ここにも民家があり、商店があり、小学校もありました。

自然の力にあらがうことなど到底できないことを思い知らされたのが、

東日本大震災。

命を守るには、一刻も早く 遠く高いところへ避難することが一番です。

 

それでは、みなさんは津波警報が出たら どこに避難しますか?

南海トラフ地震の津波の際には、「神社に逃げるとよい」と 言われているようですね。

実際、過去の津波を伴う大震災ばかりか、

2011年の東日本大震災での津波にも被害を受けなかった神社仏閣が

数多く存在している事は広く知られているところです。

 

南三陸町にもそんな神社があります。

折立(おりたて)地区にある五十鈴神社がそのひとつ。

小さな神社ですが、戸倉小学校児童は、

まさにここで 津波から逃れ 命を守ることができました。

雪の降る中、4年生位までの児童はお社の中で、

残る児童と先生、職員に加え 避難してきた町の人たちは、

境内で焚き火を囲んで一晩を過ごし命を守りました。

総勢190人余り。

東日本大震災の大津波は、五十鈴神社の鳥居の下まで押し寄せました。

が、ここで津波は止まったのです。

石碑に記してある通り、確かに 「ここで」 止まったのです。

神様の不思議な力が働いたのでしょうか?

 

いえいえ、そこには、先人が古くからあった大津波に対応してきた歴史が、

そのまま反映されているものと 考えられます。

 

古い歴史を持つ神社は、大きな津波の被害を受ける度に

先人は神社を 高い位置に移設していったと考えられます。

ということは、古い歴史を持つ神社は、その地域で過去に起こった

一番大きな津波を免れる高さに建っているものと考えるのが自然で、

つまり神社のある位置は、

先人が伝える、過去の一番大きな津波の到達点だということになります。

実は 先にご覧いただいた写真は、五十鈴神社のある丘から見た光景で

右側の土石の仮置き場のあたりに 戸倉小学校の校舎はありました。

 

戸倉小学校では、津波警報が出たら屋上に避難することになっていましたが、

3.11の2日前に起きた地震の後の職員会議で、地元出身の女性教諭が

屋上に避難することに強く異論を唱えたことをきっかけに

避難場所を神社のある高台に見直しました。

2日後、巨大な津波は鉄筋コンクリート3階建ての校舎の屋上5mにまで達しましたが、

結果、神社に逃げた91人の児童の命は救われました。

近くの丘の上に、神社があったことは幸いでした。

すなわち、

「津波の際は神社に逃げる」というのは、的を射ていると思われます。

 

皆さんのお近くにも、高台に古い歴史を持つ神社はありますか?

是非、確かめておきましょう。

そこは、あなたの命を守る「鎮守」であり、境内はあなたを守る聖域になる筈です。

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濱守栄子 復興へ歌う

一週間ぶりのご無沙汰です。

Bluebirder*Sです。

 

今月24日 木曜日 観洋5階ロビーで、

濱守栄子(はまもり えいこ)さんの ミニコンサートが開かれました。

彼女は 岩手県大船渡市出身のシンガーソングライター

各地で東日本大震災復興支援チャリティーコンサートを開いて

被災地に贈る義援金づくりをしています。

彼女、コンサートの収益の一部のほかにも

CD1枚の売り上げの内 500円を義援金に充てているんです。

1000円のCDも その半分は 義援金に。

 

12月31日までに 義援金を1000万円にしようと 日々歌い続けています。

この日までに寄せられた義援金は 累計で7,507,556円!

がんばってます!!!

忙しい音楽活動の毎日ですが、北から南、南から北へと移動の途中

当 ホテル観洋へも意欲的に足を運んでは ミニコンサートを開いています。

この日は ♪中島みゆきの 「糸」

沖縄は ♪喜納昌吉さんの 「すべての人の心に花を」

いずれも オリジナル曲で ♪「遠い空の上で・・・」~

♪「キセキ」~ ♪「国道45号線」

と 持ち前のやさしい声で 復興への思いを込めて歌い上げました。

会場からのアンコールの求めに応えて

オリジナル曲の♪「僕はまた夢をひとつ叶えるだろう」を熱唱。

50人以上のお客さまは、心の込もったやさしい歌声に、すっかり癒されていました。

それはもう うっとり~♪

えっ? 眠っているんじゃないか って?

い~いえぇ、皆さん 眠っていらっしゃるのではなく 目をつむって

濱守さんのやさしい歌声に聞き入っていらっしゃるのです。

語りかけて来るんですよねぇ 濱守さんの歌声は!

ミニコンサート毎に 更に「心に伝わる」ようになってきている

そんな印象があります。

コンサートの後、CDを買い求めて下さったお客さまには

サインを添えて お渡ししていました。

財布を持ち合わせていないと わざわざお部屋まで戻られて

代金を用意してくださっていたお客さまもいらっしゃいました。

快く 募金くださるお客さまも。

ありがとうございます。

いわて紅白2016に出場した 濱守栄子さんの夢は NHK紅白歌合戦出場。

その前に、義援金が 無事目標の1000万円に到達することを

心からお祈りし 応援しています。

がんばれ! 濱守 栄子~♫

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