上映期間の延長が決定しました

こんにちは、むっちゃんですʕ•ﻌ•ʔฅ

当館では、先月下旬から
南三陸町を含め東日本大震災の被災地を舞台にした
ドキュメンタリー映画「一陽来復」の上映会を行っております。

上映期間は3月31日までと告知しておりましたが
この度、期間の延長が決定いたしました。

4月28日(水)まで
当館5階の龍宮にて引き続き上映会を行います。

ご宿泊のお客様はもちろん
日帰りで近くにお立ち寄りの方も
この機会にぜひご覧いただければと思います。

【一陽来復 特別上映会】
期間:4月28日(水)まで
時間:16:30~18:00
場所:5階「龍宮」 入場無料

各賞も受賞している映画「一陽来復」は
女優の藤原紀香様と
石巻市出身の声優 山寺宏一様がナレーションをしています。

映画に織り込まれた
未来に伝えたい真実を、ご自身の目でお確かめください。

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港町気仙沼市が舞台!
NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」が2021年5月17日から放送開始♪

当館から気仙沼までは車で約40分!
南三陸ホテル観洋のご宿泊予約はこちらから♪

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次の世代へ皆で語り継ぐ。

昨日の地震では皆様の地域は大丈夫でしたでしょうか。
館内の様子が落ち着いたころ、SNSでも状況を発信させていただきました。
その際、温かいメッセージをたくさんいただき、感謝申し上げます!
当館は固い岩盤の上に建っておりますが、気は緩めず
ご利用の皆様に安心してお過ごしいただけますよう
スタッフ一同 努めて参ります。

皆さん、こんにちは!カナです(・∞・*)
21日、今日は朝から雨風が強い南三陸です。

本日は
「震災を風化させないための語り部バス」付ファミリープランをご紹介します📝

東日本大震災から10年。
復興へと歩みを進める場所をお子様と一緒に見に行きませんか。

テレビの映像だけでは分からない、
その場所に立ってみて初めて分かる事もあります。

こちらのプランでご予約頂きますと、
・「語り部バス」付
・チェックアウト11時
・小学生までのお子様の料金が「10%OFF」
がプラン内容に入っています。

語り部バスは朝8時45分から約60分。
ホテルに帰ってきてから少しゆったりする時間もございます。
売店でお土産を買ったり、
お子さんと乗ってきた感想を聞く時間でもよいかもしれません。

これから先も自然災害が起きる場所に私たちは住んでいます。

避難カバンだって必要なものは家庭ごとに変わってくるはずです。

「教訓」「伝承」と言ってもお子様には少し難しいかもしれません。
しかし、この場所で何があったのか。
そして、もし自分に起きてしまったらどうすればいいのか。
学校だけじゃなく、帰り道。公園、友達のお家で、遊びに行った場所で、
近くに避難所などがある場合はご自宅に帰った際にもう一度
歩きながら確認してみるのもいいかもしれません!

震災学習を家族で。次世代へ伝承していくことが必要です。

昨晩から何度も余震があり、不安な日々が続くことが懸念されます。
家具などは固定できる器具も販売されてますので、
家の中で危ないものはないか確認してみると少し、安心できるかと思います。

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後世へ伝え繋げる記録として

こんにちは、むっちゃんです。

一昨日で
東日本大震災から10年が経ちました。

10年という節目を迎え
自分自身の体験、想いを綴った
本を出版された方がいらっしゃいます。

元南三陸消防署副署長であり
現在、震災語り部活動をしている佐藤誠悦様です。

この度
《東日本大震災10年の思い》
亡き妻に捧げるラブレター
と題した本を出版されました。

奥様との出会いや素敵な想い出の数々
震災直後の状況など細かく記されております。

ぜひお手に取ってご覧いただきたいので
中身は紹介いたしませんが
冒頭部分を抜粋させていただきます。

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千年に一度の東日本大震災は
東北を中心とする太平洋沿岸部を、恐怖と悲しみの世界へ落とした。
愛する人や愛する家族、愛する同僚・友人、思い出の家々など
木の葉のごとく攫っていった大震災が憎い。
市街地は破壊され、自分が今どこにいるのかも分からなくなった。
地獄絵図の中にただ茫然としている姿に
無力感と恐怖感が全身を襲ってくるようだった。
懸命に「住民の命を!」と避難誘導、救助活動、救急活動、消火活動に身を置き
「やらねばならない!」という消防職員としての「使命感」を抱き
思い出の我が家や大切な家族との悲しい別れを胸に秘め
この大震災に命をかけて闘ってきた。
その記録を大津波の犠牲となった最愛の妻、亡き厚子に捧げるとともに
大震災激動の10年を懸命に生き抜いてきた体験と
その想いを記録として後世に残す。

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こちらの本は
当館の売店で販売しております。
(税込2,500円)

命ある限り語り、伝え、繋いでいきたいと願う
佐藤様の想いが詰まった一冊を
ぜひご覧くださいませ。

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マリンパルだより  3月その2

震災から10年経ちました。これまでのたくさんのご支援ありがとうございました。

いらっしゃいませ。マリンパル保育士小野寺です。タイトルにもあるように、東日本大震災の発生から10年を迎えました。当時を少し振り返ってみると・・・。地震発生時、私はここマリンパルで保育中でした。お昼寝していた子ども達を抱え、園庭に避難。ホテルからワゴン車を一台借り、子ども達と待機しました。するとみる見る間にどんどん海の様子が変化し、ホテルのお客様、近隣の町民の方々、自動車で通りかかった方々が次々とマリンパルに避難してみえたため、園内に誘導しました。あっという間に保育室・ホールや廊下は避難者でいっぱいになってしまいました。電気・水道が止まってし舞いましたが。室内なので、寒さをしのぐには十分でした。その時、いた園児は5名。子ども達が動揺しないように、びっくりしないようにと、贅沢ではありましたが、一つ部屋を確保し、子ども達専用の部屋にしました。その日から日々、避難者の方々の対応と、子ども達が不安にならないようにと配慮し過ごしました。子ども達の各家庭も被災していると判断し、保護者の無事を祈るばかりでした。最初の子のお迎えが来たのは津波から4日目。一人保護者に渡すたびにホッとしました。最後の子どもが帰ったのは津波から1週間後。その間、私たち職員も交代で、町に向かい家族を探したり、安否の確認をしました。

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それから約一か月半後。4月22日(だったような気がします)保育を再開しました。幸い建物は地震の被害が無く、すぐに使用できる状態でしたので、町内のどの保育施設よりもいち早く再開できました。子ども達の家庭も被災しており、保護者の方々が生活の再建が安心してできるようにと園の再開を決めました。職員も全員被災しておりましたので、みんなで協力し、助け合いながら必死の日々でした。それでも、早く保育の仕事がしたいと願っていたので、再開した時は本当に嬉しかったです。子ども達も、待ってましたとばかりにのびのびと過ごせる場に笑顔でした。

当然、電気・水道が使えない中での保育でした。給食はお湯で温めたレトルト食品。食器にラップをかぶせての食事。(これはのちに衛生的に良くないからとの指導で、使い捨ての容器が手に入るようになってからそちらに切り替えました。)

再開し初日の食事はカレーライス

手前にある丸い缶に入っているのは、自衛隊より頂いた缶入りの炊き込みご飯です

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5月前半園庭で食べている炊き出しの風景・・・。保育を再開するに当たり、水・ミルク・哺乳瓶・おむつ・食事等々不足していることをSNSで発信し、全国からご支援の生活用品が続々とたくさん届けられるようになりました。

園庭の隅には仮設トイレがずらりと並んでいました。これにもずいぶんお世話になりました。水洗用のみずの補充は欠かせません!(女性の後方に見えるのが仮設トイレです)

支援物資の仕分けの風景。子供用品は園の子ども達で使わせていただきますが、その他の日用品は当ホテルの避難所で避難生活をする地域住民約600名の方々にもお渡しするために、保育しながら支援物資の仕分け作業も行います。

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日々物資に囲まれて過ごす子ども達でしたが、かくれんぼ気分で遊んでいました。

当時、1歳になったばかりの女の子です。離乳食も十分提供できませんでしたが、よく食べ、良く寝て、すくすく成長する姿は私たちの希望でした。

当時の小野寺です。すっかりやつれてしまい。。。がりがりくんです。人生初のSサイズになりました。今は、、、リバウンドし。。。○○サイズ。。。リバウンドって怖い。。。

紙おむつ等は、地域で困っている方々、気仙沼地域、近隣の保育施設とも分け合うためにお届けしました。

待ちに待った水道から水が出た日!7月2日!

みんな大喜び!水が使える喜びのハイタッチ!

やった~!みずだ~!!おトイレが室内で使える~~~!水のありがたさを実感しました!

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震災以来たくさんのボランティアさんが訪問してくださいました。すべてはご紹介できませんが。。。ほんの一部を(^^)

園庭に線路が出来て、汽車が走った日・・・

みんなみんな大興奮!順番待ちで楽しそうでした!

Christmasが近づくと、子ども達に笑顔を!と、サンタクロースが訪問してくれ、楽しい触れ合いが出来ました。

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震災以降、全国の多くの方々が南三陸、ホテル、マリンパルに目を向けて、手を差し伸べてくださいました。たくさんの方々の支援の輪、支え、応援があったからこそ、保育を継続でき、安心して生活してこれたのだと実感しています。感謝・ありがとうの気持ちでいっぱいです。10年が経過した今、目の前の子ども達の笑顔を見て思う事。この笑顔を見る為に今日まで頑張ってきたのだと。。。安心してマリンパルで過ごせる環境を作って頂いたおかげで今がある。。。と、実感しています。

震災後、子ども達が笑顔で過ごすことで、親も笑顔になる。みんな笑顔にしようを目標に保育してきたことが、実を結んで今たくさんの笑顔の花が咲いています。

これからも子ども達がいい環境で過ごせるマリンパルにしていきたいと思います。

全国、全世界のみなさま、これまでのたくさんのご支援本当にありがとうございました!

最後に。。。。津波直後からずっとホテルで先頭に立って指揮を執り続けてきた女将さん、震災発生時は気仙沼で被災し、4日かけて自力で南三陸をめざし戻って来られ、途中ご自身のお子さんの避難している小学校へ迎えに行き、引き取り戻って来られた副社長。。。(あの時、娘さんは、小学生。食事代わりに配給されたカロリーメイトを全部食べずにポケットに入れていたそうです。「おかあさんに」とお母さんである女将さんに一口でもあげようと考えていたのですね。その優しさに涙してしまいました)。。。工事関係者、被災者の受入から大変なご苦労の中、私たち従業員の雇用もしっかりと守って下さいました。本当に感謝しております。以来10年。様々な困難を共に乗り越え、さらにいまコロナ禍という事もあり、乗り越えるべき壁に立ち向かっています。震災をみんなで力を合わせて乗り越えてきた、当ホテルだからこそ、きっと大丈夫!と信じています。がんばるぞ!!がんばっぺ!!

震災直後からの一年を短くまとめようとするも、うまくまとまらず。。。文章力、表現力の無さを痛感しております。少しでも、当時の様子をご理解頂けたでしょうか・・・!

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

マリンパルだより  3月その2 への5件のコメント

10年間応援への感謝。

 

売店のフジタです。⚾

2021年3月11日で東日本大震災から10年になります。

(「海の見える命の森」から志津川湾を望む)

みなさまからの、この10年間のご支援、応援に感謝いたします。

 

【南三陸復興ストア】では、

『震災から10年 応援ありがとうセット』

感謝の気持ちを込めて「送料無料」で販売しております、こちらのセットですが

たくさんの応援をいただいております。ありがとうございます。

普段現地でしか味わうことが難しい現在、新鮮な三陸の味をこの機会にお召し上がりくださいませ。

 

追記:

東日本大震災から10年。

みなさまおひとりおひとりにとって、この10年はどんな10年でしたか?

私はこの10年、色々なことがありました。

2011年8月、初めて南三陸町を訪れた時の光景は、今も脳裏に焼き付いています。

そのときから今もずっと、心の中で引っかかっているのは、

「自分は‟当事者”ではない、、、」

ということです。

2011.3.11

あの日、この町で自分自身が経験しなかったこと、継続して携わってこれなかったことが引っかかり、

「自分が震災のことを口にしていいのだろうか?今ここにいて、少しでも何か役割を担い、少しでも何かの、誰かのお役に立てているのだろうか?」

と罪悪感にも似た気持ちを抱えているというのが正直なところです。

お客様に震災のときのことを尋ねられても、主語が「私」でご説明ができていない自分。

こんなことで、ホテル観洋のスタッフが務まるのだろうか?

そんな思いを抱えたまま迎えた、2月28日の

『東北被災地語り部フォーラム2011』

そこでの「これからの若い世代がいかに語り継いでいくか」という話題で、

「知らないから語ってはいけないことはない」

というお話をお聞きして、少し気持ちが楽になった気がしました。

「語り継ぐ」というのは、

「語り=経験者」+「継ぐ=聞いた体験と自分の思い」

であるとのことでした。

「それならば自分自身にも担える役割があるはずだ」

と思えるようになれました。

この10年目を「節目」とよく言われていますが、それはあくまでも時間軸的なものであって、私が多くの方々からこの地でお話をお聞きしたことから、私個人が推測することは、あの日、大切な人、大切なものを失われた方々にとっては「節目」として区切りをつけるのは難しいことなのではないかということです。

ここでたくさんの方々が体験された恐怖やご苦労、苦しみは私には計り知れないものかと思います。私が軽々しく語れるものではないでしょう。

しかし、

「二度と同じことが起こらないように、語り継ぎたい」

というお声が、直接経験された方々から聴こえる以上、ご経験されたことや想いを教えていただき、それを自分事として語り継いでいくことが、まず一つ、私にできることなのではないかと考えております。

私はここ、南三陸町で、「いちホテルマン」としてだけでなく、「被災地のホテルマン」として、学び、自分にできることを続けていきたいと思います。

長くなってしまいましたが、最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。

明日3月11日、午後2時46分、犠牲になられた方々を思い、そして、今後の災害への備えにも意識を傾けていただければ幸いでございます。

それでは、この辺にて。

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