気仙沼から語り継ぐ~震災遺構「伝承館」~

皆様こんにちは、マッキ―です。

今回は、3月9日のブログでも【むっちゃん】が体験談を交えて紹介した
気仙沼市 東日本大震災遺構「伝承館」について
実際に私も行ってきたのでご紹介いたします。

こちらの「伝承館」は当館からは車で約40~50分、
三陸自動車道大谷海岸ICが最寄りです)
気仙沼線BRTを利用する場合、
最寄りの陸前階上駅から徒歩で約20分ございます。

実は以前、以前ブログでも紹介した「岩井崎」に向かう際に、
目の前を通った事はあるのですが…

今回はじめて中に入る事ができました。

受付を済ませると、
まずは、約13分程の映像を観ました。
こちらでは、気仙沼市の震災以前の映像、
そして、震災当日の気仙沼市を襲った津波の様子を
ご覧いただけます。
(上映は毎時00分、20分、40分に行われます。)

実は、気仙沼市にあるほぼ全ての沿岸地区の映像は上映されますが…
ただ一つ伝承館のある階上地区が抜けています。

その階上地区を記録した映像は今のところ無く、
シアターを出てすぐの所に、
写真として展示されています。
(語り部フォーラムなどでお世話になっている、
リアスアーク美術館の山内様監修で、展示されています)

そして、この展示スペースを抜けると…
旧気仙沼向洋高校に入ります。
(ここからは、撮影が可能でございます)

校舎の中には、絶対にあるはずのない車。

そして、学び舎には無くてはならない机などがなく…

津波はこの4階の膝下まで押し寄せたとの事。
(写真の濃い線のように見える部分まで、濁流は押し寄せてきました)

そして、見晴しの良い屋上。
ここに登ると、階上地区の現在をほぼ一望できます。

この一角。
こちらに何故、机が展示されているかというと…
この机などを踏み台にして、
残っていた先生方が屋上よりさらに上の高い所へ
避難したとの事。
(私だったら、怖くて足が動かず、登れなかったと思います)

そして、4階~屋上の端の壁の凹み、
こちらは、近くの工場が波に押され、
外壁に傷を付けました。
(衝突した箇所が悪ければ、もっと大きな被害になった可能性も…)

そして、この「折り重なった車」。
実はこの辺りに、家の2階部分がそのまま流され、
この校舎の間に挟まっていたとか…
(中の住民2名は無事救助されたとの事。)

最後には、震災当日の様子を切実に語る3人のお話が上映されます。
(5分x3本分です)
そして、主に震災直後の人々の写真が展示されています。

全体を観ると、今回はおよそ90分掛かります。

震災当時、地元の山形県米沢市で高校生だった私にとっては、
もちろん当日のニュース特番とかで、
津波の被害はリアルタイムでテレビから観ていたのですが、
このように一般の方々の撮影したビデオの映像は、
撮影者の声もあり、
被害の甚大さを再認識する機会となりました。

ぜひ、当館へお越しの際には
語り部バスで南三陸町の様子を見たの後に、
伝承館・旧気仙沼向洋高校」で
気仙沼市内の様子も合わせてご覧くださいませ。
(まだまだお伝えしたい事もございますが、
あとはご自身の目でご覧くださいませ。)

休館日は
・毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日休館)
・祝日の翌日(土日・GW期間除く)
・年末年始(12月29日~1月4日)
との事。

入館料はお一人様600円、
(30名以上の団体は要予約で500円)
20名以内であれば「語り部ガイド(90分)」の案内を
6,000円にて承ります。
(10日前迄にご連絡いただければとの事です。)

詳しくは「伝承館」様のホームページをご覧くださいませ。

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Recruit SPIRITインターンシップ開催!

皆さまごきげんよう、ゆきでございます。

すこしご報告が遅くなりましたが、先月下旬に、㈱リクルート様主催の
インターンシッププロジェクトが開催されました!

リクルートインターンシッププログラム「SPIRIT」

こちらはリクルート様の地域貢献の一環で、

参加者は約1500名の中から選ばれた大学生・大学院生たちが参加しました。
一週間という短い間でしたが、南三陸という町を真正面から、
見つめ、考え、時にチームメイトとぶつかりながらも、
一生懸命に向き合って頂きました。

南三陸入りして二日目、実質南三陸初日です。

南三陸という町を知って頂くために、

学生様方にはまず「震災を風化させなための語り部バス」を体験して頂きました。

現場を実際に見ることにより、テレビよりも何倍も伝わったようです。

「他人事にはせず、自分事として教訓を伝えていきたい」
「若い世代の語り部がもっと増えるといい」
「語り部バスに乗車前と乗車後で、震災の印象が変わった」との感想もありました。

そして、女将さんの講話では震災当日から今に至るまで、復興状況や地域の課題など、
ゆっくりと、震災と南三陸の理解を深めて頂きました。

 

そしてまたホテルを飛び出し、地域ヒアリングの時間です。

まず、弊社所有の民間震災遺構「高野会館」をご見学頂きました。

 

 

当初20分ほどのご案内予定だったにも関わらず、熱心な学生様の真摯な姿勢や質問に、ついこちらも熱が入り、少し時間がオーバーしてしまうほどでした。

ここから、3つのチームに分かれて「南三陸てん店まっぷ」に掲載されているお店に立寄りお話を伺いました。

 

 

 

ここで回ったお店は、もともとあった場所ではありません。

被災し、もとの場所にはお店を建てられなくなってしまったために、 それぞれの場所でお店を開いています。それは大通りから入った目立たない場所であったり、人通りが少なく、再建したことを気づかれないような立地のお店もあります。

そんな店主の方々からは、震災の日、震災後の話、この場所に店を出すことを決めた話や地域の問題・課題などなど、現場のリアルなお話を伺い、また、それを受けての質問も多く飛び交いました。

皆さん一人一人の中で、だんだんと南三陸の全貌が見えて来たことでしょう。

そして迎えた、中間発表。フィードバックの時間です。

この中間発表では、主催者側の意図していることと、学生さんが考える内容と相違がないか、摺合せも兼ねています。南三陸を、外側から内側からたくさん見聞きしてきた今、どんな意見が出ることでしょう。


㈱リクルートライフスタイルの橘GMも駆けつけました。
 

 

まだ南三陸に来て数日ながら、大変立派な発表内容でした。

尾崎部長からも叱咤激励の言葉がかけられます。

それから学生の皆さんは一日のほとんどを、地域の研究と提案のためにチームメイトと話し合う時間となりました。(町内で使えるお食事券もお渡ししていたので、お昼に外へ出て利用するグループもありました)

そしてもちろん! 南三陸のおいしい海鮮炭火焼も楽しんで頂きました!

 

 
見てくださいこのしずる感!そして炭火でじっくり焼いたぷりっぷりのイカ!


志津川名産!鮭のちゃんちゃん焼もどどんと各テーブル一皿ずつ!

 
海鮮炭火焼きの王様、ホタテ!仙台名物の牛タンも炭火でジューシーに!


出ました!マグロの兜焼き!学生さんの熱意に応え、料理長も大奮発です。30センチをゆうに超える大きさのりっぱな兜、頬の内側にはコラーゲンや DNAがたっぷり。より良いアイディアが浮かぶかもしれません。 お腹も心もいっぱいになって頂きました! 朝から晩まで南三陸づくし、「南三陸の体」になってきましたでしょうか(^0^)/

そんな楽しい夕食の一コマをはさみつつ、みなさんはまたそれぞれのワークに取組みます。

そしてお越し頂いたのはちょうど第二回東北被災地語り部フォーラム開催の日。被災地の今とこれからの勉強のために、学生さん方にもご参加頂きました。

 

壇上でマイクを持つ場面も!館内においても、非常に心強い存在となりつつあります。

そして迎えた、最終発表日。

今まで1から南三陸を吸収してきた皆さんの集大成!毎晩遅くまでの話し合いや資料作りで、あまり睡眠がとれなかった方もいらっしゃったのではないでしょうか。

審査は、弊社女将と尾崎部長です。

またアドバイザーとして倉橋インバウンド部長に来ていただきました。

 

 

 
インバウンドの観点で、倉橋部長からの講評です。

 

 

皆さんのご提案、確かに受け取りました!

 

審査員がそれぞれのチームに混じりながら、フィードバック。

 

最後はお疲れ様の懇親会。

一週間ほんとうに頑張りました。

学生さんにとっては、それぞれの力に、私たちホテルにとっても若い世代の提案が新鮮で勉強になりました。

リクルートインターンシップSPRITご参加の皆さま、心より御礼を申し上げます。 まだまだ紹介しきれなかった南三陸の魅力もたくさんございますので、ぜひまたいつでも、南三陸に遊びに来てくださいませ!

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第2回東北被災地語り部フォーラム 【分科会①】震災遺構の保存と役割を考える

皆さんごきげんよう、ゆきでございます。
今回は分科会①の内容をおまとめしてお届け致します。

~ブログの曜日やイベントの関係上、前後してしまいますが、後ほど読みやすく順番を変更致します~

分科会①
震災遺構の保存と役割を考える

コーディネーター:山内 宏泰 氏(気仙沼リアスアーク美術館副館長)

パネラー:鈴木 卓也 氏(南三陸ネイチャーセンター友の会代表)

宮本 肇 氏(前北淡震災記念公園総支配人)

釘子 明 氏(陸前高田寿一語り部くぎこ屋代表)

今回の議題は、震災遺構の保存について。
しかし、遺構は保存が難しいのです。
なぜ、難しいのでしょうか。
それは、遺構は何か、定義が出来るものではないことが理由として挙げられます。

遺構を残す方法としては、公的に保存することと、私的に保存する2つの方法があります。

遺構を残すために考えられることと言えば
・・・やはりお金がかかること。公(おおやけ)の機関による支援が必要不可欠です。
しかし、公的機関の支援を受けるには、様々な条件があり、全てクリアすることが難しいです。


高野会館(2013年撮影)
2011年3月11日、 327名と、犬2匹の命が守られました。

当館が所有する「高野会館」は私的に保存をしていくことを決めました。
条件等はありませんが、お金がどこからも出ない上、
全ての責任を個人が負わなければなりません。
しかし、保存するための理由は、個人的な目的ではありません。

お金は出るが様々な条件がある公的、
条件はないが資金的援助がない私的、
それぞれのメリット・デメリットがあります。

遺構は公的定義が出来ないものがほとんどです。
建築であれば、建築基準法を守らなければなりませんし、
人が入るようであれば、消防法を守らなければなりません。

建築物という形では残せないのです。

では文化財としてはどうか?
・・・遺構を文化財にするには時間的条件などがあります。

残す方法の一つとしては、囲った公園の中に残ことが挙げられます。
今残されている遺構のほとんどがそれに該当します。

公園化のメリットとしては、もちろん公園内に残せることです。
デメリットとまではいかないかもしれませんが、「公園」という定義をすることにより
遺構の意味が、本来の目的とは違うものとなってしまう恐れがあります。

また、「遺構=人工物」というパターンが多い中、
南三陸の事例では「津波により洗い流された場所に新たな自然環境が形成された」ことにより、
それを後世へ残したいという動きもあります。
「災害がもたらしたもの」という意味では、遺構かもしれません。
「人間と自然の関係性」も遺構という形で残せるのでは、という意見もありました。

兵庫県南部地震で出現した野島断層は、人工物ではない遺構の一つです。
地震に備える大切さを後世に伝えるため保存されています。


質問や意見も出ました。

第一分科会の結論としましては、
保存のためには、国や県が定めたある一定の定義を満たす必要性があり、
それを満たすものとしては、遺構の定義づけが自然となされてしまうため、
その土地の地域性や元々持っていた機能(壊れる前はどのような役割を担っていたか)
などが一律に考えられてしまう危険性があります。

遺構の定義はさまざまあるべきなのです。

どうしても、「遺構」と言うと「防災・減災教育の場、祈りの場」でなくては
ならないのではないか、観光目的・人を集めるために使うのは正しくないのでは、
という定義に当てはめてしまいがちですが、
それはケースバイケースで、
観光の為に活用する遺構があって、
教育の目的があって、
祈りの場の遺構があって、
それぞれ
一番正しい方法で残していけば、
意味のある残し方が出来るのではないでしょうか。

震災から8年が経とうとしていますが、
遺構の有り方も確立してはいませんし、
問題がまだまだあります。

これからも話し合いを重ねて、みんなが納得できる結論が出ることを願います。
皆さまのご家庭でも、震災遺構について語るきっかけとなれば幸いです。


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第2回東北被災地語り部フォーラム<分科会②>災害を知る世代から知らない世代へつなぐ

こんにちは、むっちゃんです(*^^)

先月24日と25日の2日間に渡り、
第2回東北被災地語り部フォーラムが開催されました。

本日は、その時の
分科会② 災害を知る世代から知らない世代へつなぐ
の様子をお伝えします。

コーディネーターは
元志津川中学校校長で、現在3.11震災語り部として活動している菅原 貞芳様

パネラーとして、
志津川高等学校、多賀城高等学校、階上中学校、志津川小学校、入谷小学校の
生徒さんにお越しいただきました。

分科会のタイトルになっている通り、
今回のテーマは「災害を知る世代から知らない世代へつなぐ

東日本大震災からまもなく8年が経過しようとしています。
時間の流れとともに、当時の状況を知らない世代が増え、
それに伴い懸念されるのは「風化」です。

震災を風化させないために。
当時を知らない人たちの防災、減災へ繋げられるように。
あの日生かされた私たちにいったい何ができるのか。
現在行っている活動を含め、今後についてを話し合いました。

活動の報告をしたのは、
階上中学校、多賀城高等学校、志津川高等学校の生徒さんです。

まずは階上中学校

階上中学校の防災学習は「命を守る」を目的とし、
災害を知る
災害に備える
万が一のために訓練する
を学んでいます。

今年度の防災学習のテーマは「自助・共助
体験的学習と探究的学習の2つに分かれて行いました。

体験的学習では学年ごとに防災学習と総合防災訓練を行い、
探究的学習では地区住民へのアンケート調査を実施。

【体験的学習】
1学年は、講師の方を招いて地震津波のメカニズムを学び、
2学年は、消防署の方々からAEDを使用した救急救命講習を、
3学年は、階上小学校の子ども達へカルタを使って
防災を楽しく分かりやすく教える防災啓発活動を行いました。

総合防災訓練は、気仙沼市防災訓練に合わせた日程で午前と午後の2回。
午前は消火訓練、バケツリレー、炊き出し訓練を地区の一員として参加。
午後は委員会ごとに役割を分担し、避難所初期設営訓練を実践しました。

避難所設営に関しては、
生徒以外の誰でも分かるようにマニュアルを作成。
フローチャートを使った説明があり、
準備物や注意点が詳しく書かれてあるためとても分かりやすいです。

【探究的学習】
こちらは、昨年度から取り組みはじめた活動です。
階上地区全世帯を対象とし、
東日本大震災以前・当時の津波避難行動のアンケート調査を実施。
夏休み前にアンケートを配布、回収、集計を行い、
二学期に全校生徒で考察、10月に校内発表会を開き、その後考察の再検討。
12月の防災学習発表会に備えました。

防災学習発表会は以下の4部構成となっています。
1部:体験的学習の発表
2部:アンケート調査の報告
3部:探究的学習の発表
4部:意見交換

結果から、防災意識は低くないが、
訓練が実践的ではないため危機感が薄れてきているのではと推察。
震災を風化させないためにも地域を知り、発信させていくことで防災意識を高め、
これからも地域の一員として取り組みを行っていくそうです。

続いて多賀城高等学校

多賀城高校の「災害科学科」では
災害や防災について科学的な視点で学ぶことができ、
さらに学校全体としては
防災減災学習
東日本大震災の伝承
全国の学校などとの連携・交流
地域を中心とした社会貢献活動」を行っています。

これらが、
ユネスコが提唱するESD(持続可能な開発のための教育:いわゆる生きる力を養成する教育)
理念に合致し、2017年2月にユネスコスクールに加盟が認められました。

上記活動以外にも
通学防災マップづくり
生徒が入学してすぐに行う取り組み。
津波浸水域や土砂災害危険区が記載された地図に自分たちの通学路を朱記し、
有事の際どこに危険が潜んでいるのかを知ることができる。

津波波高標識設置活動
震災後行っていた津波の高さの調査結果をもとに測量を行い、
道路脇の電柱に津波波高の標識を設置する活動。

を全校生徒が積極的に取り組んでいます。

また、生徒が作成した「まち歩き案内マップ」を使い、
自分たちが設置した津波波高標識をたどりながら、
多賀城市内の被災状況を説明・案内する活動も行っているそうです。

最後に志津川高等学校

県内唯一の地域連携型中高一貫校であり、
南三陸町内の志津川中学校、歌津中学校と、
乗り入れ授業や部活動、生徒会交流を通して連携しています。

情報ビジネス科では、震災前より南三陸町の活性化を目的として
南三陸町モアイ化計画」を実施。
オリジナルの缶バッチやストラップの販売を行い、
町民バスや図書館の図書購入資金を町へ寄付していました。

志津川高校の防災学習として、
定期的に行っている防災訓練があります。

実際に起こりうる行方不明者の捜索など、毎年想定を変えて行い、
今年は休み時間に災害が発生したことを想定して訓練を実施。
消火栓を使った放水訓練も行いました。

他にも
弾道ミサイルや豪雨、土砂災害、火災、火山、竜巻、落雷、危険生物など
あらゆる災害について学習し、
社会に出てから「いつ、どこで、どのような」災害に遭遇しても
ある程度自分の身を守れるように考えられた内容となっています。

また、志津川高校には昨年発足した「防災クラブ」があり、
救急手当て法の知識を修得する他、
地域の子ども達を安全に導く役や、避難所でのサポート役にまわったり、
将来地域防災のリーダーを担うための能力を身につける目的で活動しています。

さらに、校内には震災指導室を設置。
当時の様子を伝える物品や、寄贈された物、
震災からこれまでの志津川高校の歩みがわかるような物を展示し、
震災の風化を防ぎ、次の世代に語り継いでいく役目を担っています。

今後は
自分たちだからできること、
行っていかなければならないことを考え、実践していくそうです。

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先日、政府から再び地震発生確率の発表がありました。
日本は地震大国ですから、いつ発生してもおかしくはありません。

それは何十年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。
その時に、自分の命を守るため。
東日本大震災で学んだ教訓を生かし、災害を知らない世代へ語り継いでいくこと。

その大切さを改めて実感することができた分科会でした。

各学校の生徒さんも、他の学校が行っている活動を知ることができ、
アイディアを持ち帰ってぜひ実践したいと話していました。

生徒の皆さんにとっても、参加した我々にとっても、
とても有意義な時間になったと思います。

一人一人の活動によって
一人でも多くの命が守られますように。

これからも途絶えることなく、
語り部として、防災・減災活動に取り組んでいくことを誓いました。

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ラムサール条約登録湿地おめでとう

一週間ぶりのご無沙汰です、Bluebirder*Sです。

立春が運んできたような暖かさは 南三陸町でも7日には最高気温が14.8°に!

ところが、そんな暖かさから 9日には0.2°にまで冷え込んでしまいました。

気温の急降下ぶりは まるでジェットコースター。 風邪、ひいてませんか?

 

南三陸町志津川湾は、新たなラムサール条約登録湿地。

豊かで深い自然の中、この冬も200羽あまりのコクガンたちが越冬しています。

 

さて、急な寒波で寒いさむい先週の金曜日のこと、

南三陸町内にある「南三陸プラザ」では、

志津川湾がラムサール条約の湿地に登録されたことを祝う式典が開かれました。

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♡ちなみに南三陸プラザは、町内で冠婚葬祭から、宴会、会議に至るまでを

まかなう多目的会館で 観洋の関連施設。町内天王山にあります。

昼食付きのカラオケも楽しめて 5名様以上ならお1人様1500円で歌い放題。

また、レストランでは毎日ランチメニューもご用意。

Wifi完備のオシャレな空間で喫茶もお楽しみ頂けます♪

レストルームもピッカピカで気持ちいい~んです☆☆☆ お気軽にどうぞ!

南三陸の冠婚葬祭・宴会・会議

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さて、祝賀会には、町の関係者はもちろん、環境省や国会議員、

県の関係者も含め120人余りが出席しました。

初めに、以前ご紹介したラムサール条約登録湿地の説明会でも演台に立たれた

南三陸町 ネイチャーセンター準備室の阿部拓三さんが

登録された志津川湾の概要を説明しました。

 

ピンクの部分が、登録エリアです。

 

阿部さんからは、改めて、志津川湾の海底には多様な藻場が存在し

海藻や海草の森になっていること、

南のアラメと北のマコンブが混生、共存していること。

志津川湾沖には親潮黒潮、暖流と寒流が混ざり合っている海域があり、

なおかつ、日本海側の暖流対馬海流が津軽海峡を回り込んで津軽暖流となって

沿岸を南下し、志津川湾にも入り込んでいるという特殊な要因が世界でも稀な

海藻の植生を育んでいることなどを説明しました。

三つの海流の影響で湾内の豊かさが保たれているというのは、まさにミラクル!!!

 

 

南三陸町の志津川湾が、ラムサール条約登録湿地「潜在」候補地になったのは、

何と、「3.11東日本大震災半年前」のこと。

「ラムサール条約登録」は、津波によって一時は押し流されていました。

そんな状況の中から、震災と津波で受けた被害からの復興のためにもと

「ラムサール条約」の話が再燃し、関係者の協力で「登録」が実現しました。

正式登録は去年10月のこと、ドバイで開かけたラムサール条約締約国会議の場で

町側に登録認定証が手渡されました。

今回の登録で日本のラムサール条約湿地数は52カ所

総面積は154,696haになりました。

 

新たに登録されたの湿地は 志津川湾(宮城県)5,793 ha と

葛西海浜公園(東京都)367 ha2か所

関係者の話によれば、葛西海浜公園が登録になった東京都からは、

ぜひ、南三陸町と歩調を合わせて世界にアピールしていきたい

持ちかけられているということです。

 110137 登録地図へのリンクです

「復興」から「新興」へ。

次の段階に進もうという町にとって、ラムサール条約への登録は

津波被害の負の呪縛から脱し新たな町づくりの波を起こし

その波に乗る またとないチャンスになることでしょう。

 

もちろん、津波の記憶や教訓を風化させないことも忘れてはなりません。

それがまた、被災地の使命であるわけですから、

観洋では語り部バスの活動も継続して、語り部一同

命守るすべ、防災・減災を きちんとお伝えして参ります。

 

毎年冬に飛来する国の天然記念物で絶滅危惧種のコクガンは、

志津川湾の豊かさの象徴。

貴重な湿地としてラムサール条約に登録されたのは、豊さの証しです。

森、里、川、海の恵みが関連し合うことによって、

海の幸が産み出されている志津川湾は、まさに地域の宝。

祝賀会には、先にラムサール条約登録湿地になっていた

化女沼・蕪栗沼、伊豆沼のある 大崎・栗原・登米 3市の市長らも出席。

志津川湾を加えた 登録湿地トライアングルで

世界に発信を!と ラブコールも送られました。

ラムサール条約の三本柱は、

登録湿地の①「自然を守る」②「産業や観光に利用」③「魅力を発見し伝える

これら三つの理念を守り 育むことができれば、

南三陸町はこれからますます輝きを増し、交流人口も増えてゆくことでしょう。

ラムサール条約登録が

心と力ひとつに 新しい街づくりへ歩むきっかけになればと、望むところです。

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