Starparty for students came from Saitama

一週間ぶりのご無沙汰です Bluebirder*Sです

この20日 さいたまから修学旅行でお越しの高校生のために
スターパーティが開かれました

19日夜の南三陸町の星空指数は100%!
台風14号が通過して いわゆる”台風一過”の晴天が期待されました

スタパ当日の正午ごろで 指数は 80%!!
これはいける! と思っておりましたら
なんと 午後3時頃には 星空指数は一気に降下してしまい 20%に・・・

結局 観洋屋上上空の雲はとれず 星空の観望は叶いませんでした

残念!!

代わりに 屋内でスターパーティ講師
“星空案内人”による”星のお話”を お楽しみいただきました

PC投影のシミュレーション映像で繰り広げる”宇宙旅行”は
太陽系の惑星群からスタート 講師はWさん


今が見頃で 実際に観洋屋上からも望遠鏡で観える ”土星”の姿


同じく 観察好機の ”木星”の姿


そして 私たちの住む ”地球”が紹介されたのに続いて

生徒の皆さんのリクエストで ”金星”や


“冥王星”にひとっ飛び


ほかにも 太陽に一番近く 昼は摂氏430度 夜は氷点下180度になる
“水星”のこと

直径は地球の11倍という巨大ガス惑星 ”木星”のこと


“土星”の環は氷で構成されていて厚さが10mしかないことなど解説されました


続いて 太陽系が”所属”する”銀河系”は

横から見ると私たちの見上げる”天の川”になることが紹介されると
生徒たちからは あぁ~♪ ふむふむ♪ と 納得の声があがっていました


やがて 現在確認されている範囲の”宇宙の果て”まで旅を終えると
地球への帰還

一気に地球に戻るシーンには 想像を遥かに超えるスケール感の凄さに
会場からは 驚きの声とともに どよめきが起こりました

また 続いて N講師からは

地球儀を縮尺に 柄杓を持って地球と月の距離を示すよう生徒に問いかけられ

あれやこれやと 楽しいやりとりの後 実際に示された距離には
やはり驚きの声が

また 手づくりの模型を手に 会場を一周・・・

太陽を公転していることで
地球からの見える”土星”の輪の角度が変わることなども

ご教示いただきました

さいたまの高校生たち
中には 熱心にメモを取りながら受講している生徒もいて
皆 興味津々 目を輝かせながら
星のお話を 楽しんでくださいました

とにかく 皆さんの素直な反応には 講師陣もとても喜んでおります

こちらの中高一貫校からは 今度はこの29日に中学生が訪れ
スターパーティに臨みます

是非とも次こそは 星空を楽しんで頂きたく
昨日も”星に願いを”かけさせて頂いた次第でございます

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稲妻

一週間ぶりのご無沙汰です Bluebirder*Sです

先週予告していました スターパーティ

前日 急遽 追加開催されたスタパでは
薄雲が広がりこそしましたが なんとか星々は観望できました

そして翌日・・・ 雨があがり 夕方には青空が見え始め
2夜連続の観望に期待が膨らんだ南三陸町の空でしたが
一転にわかに掻き曇ったかと思うと
なんと 雷鳴が轟き出し やがて雨となってしまいました

雲間を走る稲妻は 実に凄まじい

2時間以上にわたって 東の水平線上は

時折 閃光を放ちながら稲妻が走り

稲光は 一瞬 辺りを真昼のような明るさに!

大気中を走る強い光の束として観測される こうした放電は

1回に数万 – 数十万A  電圧は1 – 10億V
電力換算で平均約900GW(=100W電球90億個分相当)に及ぶ放電量

時間にして1/1000秒程度でしかありませんが


エネルギーに換算するとおよそ900MJに及び
仮に 無駄なくこの電力量をすべてためることができれば

家庭用省電力エアコン(消費電力1kW)を 24時間連続で使い続けた場合
10日間強 使用できるそうです

とにかくこんな天気では とても星空観察どころではありませんから
この日のスタパは
館内で「星についての楽しいお話」に変更

別室で お客様にお集まりいただき
星空案内人 3名が講演くださいました

星座盤の見方から 星雲 星団について・・・ (写真:佐藤講師)

太陽系から銀河系  拡大を続ける宇宙空間・・・ (和田講師)

地球を回る 国際宇宙ステーションの高度や 月までの距離(永井講師)など

わかりやすく 興味深いお話を頂き お客様にも満足して頂けました

ありがとうございます

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翌朝・・  午前3時過ぎ・・・
東の水平線上には 木星 火星 金星が 並んだならんだ!

写真は 星空案内人のお1人 永井講師撮影

自分の目で観てみたかったBluebirderも 5日未明 コンデジで撮ってみました

マジックアワーに昇る金星  水平線際では 真っ赤に観えていました♪

そして 右上に 火星と木星
この時期 観洋で早起きして東の空に目をやると
こんなに美しい夜明けが 楽しめます


日の出も美しく・・・(永井講師3日撮影)

 

ところで 余談ではありますが
スタパ「星のお話」も終わり 会場を撤収後 事務所に向かうと・・・
「稲妻観望も よかったんじゃないの?」と
当館関係者2名に相次いで話しかけられ
「嗚呼 それでもよかったのかなぁ」と思った次第ではありますwww

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さて 観洋の岩場で営巣中のオオセグロカモメ(6/4の様子です)

産卵日からすると 最初のヒナが孵るのは7日か9日か それとも・・・

いずれにしても 孵化迄 秒読み段階なのですが

この日 カモメのカップルと共に
なぜか ハート形に群れを成し集まったウミネコたち・・・

2羽は 彼らを追い払いもせず なんとなく不思議な雰囲気でしたが

果たして これが孵化の兆しなのかどうか

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星会

「うわ~ こんなになってるんですねぇ?っ」

「凄い すごい!!」

「こんなにきれいに星座がみえるんですね」

どれも 立春4日の
“スターパーティ”に参加されたお客様の言葉です

一週間ぶりのご無沙汰です Bluebirder*Sです

まるで幼い子供のように
素直に そのままの感情も露わに感激されると
スタッフの喜びもひとしお
そのままが 私たちの”遣り甲斐”です
会場は観洋の屋上”汐風の空”
冒頭のコメントは
三日月のクレーターを望遠鏡で観たり
星空を見上げたりされた皆さん それぞれの反応です

ISSが頭上を通過した際には 歓声が上がりました

やはり 東京の都心部から来られたお客様の”反応”は大きい

恐らく 普段は街が明る過ぎて
夜空を眺めることも殆ど無いのでしょうから
“汐風の空”は まさに別世界
まして望遠鏡を覗いたのは初めてという方にとっては
なお更のこと

「色々説明してもらえるから いいですね」
というのもお客様の声

そうなんです ”(株)ビクセン様”ご後援の下
“天文ボランティアうちゅうせん様”のご協力を得て
天文に造形の深いスタッフが 皆さんの”星空案内人”
Bluebirderは ”ご案内のお手伝い人”です

次回は3月10日    テーマは

“夜空の宝石 二重星を楽しもう”
“月面Xは観られるか”です

お楽しみに♪

ところで 観洋屋上”汐風の空”は
環境省「夜空の明るさ」継続観測登録地点
星のよく観える場として 認められています


スマホで ”オリオン座”と”冬の大三角形”が
こんなにきれいに撮れてしまうのですから
素晴らしい♪ でしょ?

露光時間30秒 スマホ上で編集をかけたら・・・
オリオン右肩 ”ペテルギウス”の朱色と
“腰”のオリオン大星雲が浮かび上がったのには驚きです♪

こんな楽しみ方も出来る スターパーティ
外来の方も大歓迎ですので どうぞ♪
皆さまのご来館 お待ちしております

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さて スタパ翌日 5日のコクガンたち

この日のいつもの港では 残念ながら岸辺には さ~っぱりいなくて

港に係留された漁船の間に間に
数羽が ちらほら姿を見せていただけ
数が少ないのが 何かあったの?かと ちょいと気になります

ただ ほど近い岩礁のある辺りでは
30羽ほどが 元気に泳ぎ回っていました

南三陸海のビジターセンターでは
節分4日には180羽以上
立春5日には100羽ほどを確認しています

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10年目のここから。

皆さん、こんにちは!カナです。

3月11日で東日本大震災から10年を迎えました。
あの日、雪が降りとても寒かった日。全てのライフラインが止まりました。
テレビで報道されている映像を見たのは電気が来た日の事。
外で作業をしている時に近所の人が「電気きたよ!つながった!!」と
走ってきてくれたのを覚えています。

そして当館のTwitterが開設されたのは10年前。
こちらのツイートは震災の翌日に発信されています。

※「@kanyo11 2011」と検索欄で調べると出てきます。

10年前のあの日。
避難所になった場所の入口窓、中の壁には
「家族無事」
「○○避難所にいます」
「家族を探しています」
「○○地域の情報求む」等が紙に書かれ貼り付けられました。
地域住民の方々の名前を書きだした一覧もあり、
情報が少ない中でまとめて少しでも多く収集する必要がありました。
電波塔も被災しているため、繋がる場所を見つければそこに皆で行きました。
携帯を貸し借りして電話をかけました。メールをしました。

10年を迎えた「被災地」と呼ばれる場所。
たくさんの気持ちを、支援を頂き今があります。
10年を迎える間にも自然災害は起き続けています。
「予測」も大切ですが何より「今起きたらどうするか」が重要です。
これを読んで頂いているときにおこるかもしれない災害。
今一度、災害について考えて頂ける時になりますように。
不安なニュースが流れる中ではありますが、機会がありましたら
ぜひ、東北にお越しくださいませ。
あなたが好きになれる場所がきっとたくさんあるはずです。

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それではこの前のブログの続きとなります。
2月28日のフォーラムを終え、2日目となる3月1日。
エクスカーションが行われました。

「エクスカーション」って?
…エクスカーションとは、従来の見学会等とは異なり
向かった先、訪れた先で案内人(今回は「語り部」)に耳を傾けながら
参加者も意見を交わし合う「体験型の見学会」と言えます。

私は「南三陸コース」に参加+写真撮影をさせて頂きました。
当日の朝はフォーラム会場だった気仙沼を出発。

南三陸のコースはこんなかたちで進みました⇩
➀南三陸ベイサイドアリーナ(語り部スタート)
案内をして頂いたのは「復興みなさん会代表 後藤一磨さん」

➁袖浜・志津川漁港 (※車内で窓越しに撮影をしたため青みがかかっています)

➂高野会館
※「震災伝承施設」としても認定を頂いております。
その時のブログはこちら→「震災伝承施設に…「高野会館」と「命のらせん階段」が登録されました。」

当時この場所では町内の高齢者の方々の芸能発表会が行われていました。

地震が起きたのは閉会式直後のことでした。エレベーターは止まったために非常階段で自宅へ逃げようとする皆さんを現場に居たスタッフの判断で高野会館内に居るよう、
声をかけ上へと避難を呼びかけました。

簡単に剥がれることなんてない壁も
津波の脅威はものともせず剥がしもっていきました。(写真奥)

館内には壊れたシャンデリアのガラスが散らばり、

あの時の凄まじさ、そして10年の年月を物語っています。

参加した皆さんも様々な意見を交わしながら
メモや写真を撮影頂きながら語り部は進みます。

今は少し見ることがなくなったカセットテープ。
あの日、あの日まで、この場所でたくさんの人々の笑顔に音をつけてきました。

そして、高野会館の一番上へ。

階段を登って、広さはこんな感じです。

津波が到達しているのは屋上より下のライン。
しかし、高野会館にぶつかった波の衝撃で本来避難していた屋上は水浸しになりました。
そのため、高齢者の方々を上記の写真部分へ避難させるというかたちになったのですが、階段入口部分の鍵がなかったため、避難させる際には担ぎ柵を越えさせて上に向かわせました。

高野会館の隣にはスーパーや食事処があった「サンポート」と言う店があり、
高野会館前には病院がありました。
私も小さい時からこちらのお店には来ていて、とても馴染み深い場所です。
屋上の遊具が置いてある場所で遊んだ記憶があります。

次に後藤さんが見せてくれた写真は震災前の南三陸町の様子。

3.11のあの日。南三陸町を襲った大津波。同じ場所から撮影をしています。

こちらは町内の奥側から撮影をしていますので、当館がある場所は映っていませんが写真奥(左側)になります。
写真道路左手前がサンポートとその後ろに高野会館があります。

避難所から地元に帰ってきて車が調達できた頃、南三陸に向かいました。
かつて遊びにきたサンポートには海のブイや瓦礫が絡まり、
かつて店があった場所にも瓦礫が山積みになっていました。
知らない場所になっていたことに衝撃を受けたのを10年経った今でも鮮明に覚えています。
花火大会が開催されたとき、「早く!」と急かした道路も、
出店が立ち並んだ港も好きだった店もなくなっていたんです。
でもその記憶を知るのは「そこに居た人」だけです。

語れるのは、この場所を知る人が第一に。そしてそれを聞いた方が第二に。
それを繰り返していかなければ、
「ここにはなにもなかったんですか」の言葉でその場所はなかった事にされてしまいます。
思い出もその時何があったのかも。

➃戸倉地区 (戸倉小学校・戸倉中学校)

【戸倉小学校】※学校自体は高台に移り授業を行っています。

新しい体育館ができたばかりの小学校がありました。
3月11日の2日前。地震が起き津波注意報が出た時。
先生方は再度避難する場所の確認を行いました。
地元出身の先生が言葉にした意見をもとに、東日本大震災当日、
生徒・先生、避難してきた地元の人達は
「五十鈴神社」と言う丘の上にある神社に避難し助かりました。
赤い鳥居が入口に建つ御社です。津波はこの赤い鳥居の前で止まったといいます。
夜はとても寒く、焚火をして過ごしました。
一晩中卒業式に歌う予定だった川嶋あい様の「旅立ちの日に」を歌い、
励まし支え合って一夜を過ごしたそうです。

のちに、この時卒業生だった生徒さん達が卒業式を行った際、
川島あい様がお越しになり、一緒に合唱を行いました。

【戸倉中学校】※現在は公民館となっています。

後藤さんが示しているのは津波到達の高さ。中学校の1階部分まで及びました。

電気で動いていた時計は「あの時」のまま。

校舎と反対側にあった山。そこに避難した方もいます。
しかし、海側の津波を様子を見ていた方は「山から津波がきた」と言います。
川をさかのぼった波や、地形でぶつかった波が海の方向とは別のほうから襲って来たそうです。

この場所も最初の避難場所は体育館でした。
しかし、1人の先生の機転により「体育館」→「校舎」への避難が決定しました。それにより助かった命があります。
体験した記憶を後世の人達へ。
伝え続けていくことの大切さを感じたエクスカーションでした、

この場所で1日のエクスカーションは幕を閉じました。

動画がYouTubeに載っています。
歩きながらの撮影でございますのでご了承くださいませ↓

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震災後、沿岸部では防潮堤が次々と建設されました。
海が見えなくなった場所もあります。
自然災害を予測することはできても実際の現場の状況を随時、
事細かに分かるのは現地に居る人です。
今いる場所から避難場所まではどれくらいなのか、
もし災害が起きたら車は走れるのか、人は逃げることができるのか。

前回のフォーラムにもありましたが、
「他人事」ではなく「自分事」として考えてください。
ぜひ、この一年が震災を再度、もう一度考える一年になりますように。

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第3回東北被災地語り部フォーラム2021~分科会~

皆様、こんにちは!カナです!

昨日はぽかぽか春の陽気でした🌸
今日は少し風もあるからか、ひんやりとしてる南三陸です。

さて、2月28日・3月1日と行われた「第3回東北被災地語り部フォーラム2021」
今年は姉妹館である「サンマリン気仙沼ホテル観洋」にて開催となりました。

感染症対策のため定員を100名様までとし、
当日はフォーラムの様子をYouTubebにて生中継。
震災から10年を迎える今年に学びをより深めるフォーラムでした。

さて、昨日は「メインセッション」のブログが掲載されましたので
今日はその続きの「分科会」を各会場ごとにご紹介します。
YouTubeで生中継を行った分だけでなく、
各会場で撮影を行いましたので一緒にご覧くださいませ。

動画のURLと分科会内容一部を抜粋して掲載致します。

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【分科会➀ テーマ「次の10年を繋ぐ次世代の語り部」】

【コーディネーター】
雁部 那由多 様(東北学院大学教養学部地域構想学科2年生・防災士)
【パネリスト】
菅原 定志  様(気仙沼市鹿折中学校校長)
佐藤 克美  様(気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館館長)
久保 力也  様(㈱8kurabu/兵庫県立舞子高等学校環境防災科卒)
熊谷 樹   様(気仙沼向洋高等学校3年生・KSC(向洋語り部クラブ)全体リーダー)

動画はこちら⇩

「「語り継ぐ」という言葉がとてもハードルが高いように思えた。」という言葉が印象強く残りました。
この言葉を「語り(経験者による語り)」+「継ぐ(聞いた体験と自分の思いを語る)」に分け、
震災を経験していない「(生まれていなかった)記憶のない世代」でも語れる場をつくる。事が大切であり、
「語り」とは一言で伝えられるものではないのだと再度学ぶことができる分科会となりました。

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【分科会➁ テーマ「震災遺構・人の記憶を繋いでいくために」

【コーディネーター】
原田 吉信  様(3.11伝承ロード推進機構事務局長)
【パネリスト】
山内 宏泰  様(気仙沼リアス・アーク美術館副館長)
宮本 肇   様(前 北淡震災記念公園総支配人)
山崎 麻里子 様(中越防災安全推進機構アンバサダー)
佐藤 ひま里 様(バレッドキッズ志津川教室・中学2年生)

動画はこちら⇩

復興が進むにつれて整備されていく街並み。薄れていく爪痕、記憶。
震災の事を話すことも少なくなってきていた現状に佐藤ひま里さんは驚いたそうです。
私たちは「災害」と「災害」の間で生きていることそして「災害から身を守るのは人」だということ。
震災遺構は「津波の恐ろしさ」「避難の大切さ」を伝えてくれますが
それを話すのも人であること。
これから先も「命を守る行動の大切さ」を1人1人が
伝えて、行動していくことが大切になってくるのでは。と映像を交えながらお話頂きました。

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【分科会➂ テーマ「KATARIBE」(語り部)を世界へ

【コーディネーター】
岡崎 克彦  様(仙台国際空港株式会社取締役航空営業部長)
【パネリスト】
山内 松吾  様(南三陸Jr.Academy主帝/元志津川高等学校校長)
ゲルスタ ユリア様(東北大学災害科学国際研究所助教)
小宮 隆嗣  様(㈱リクルートライフスタイル/じゃらんリサーチセンター東北チームリーダー)

動画はこちら⇩

元志津川高等学校校長の山内様からは
私も撮影に同行させて頂きました「オンラインによる語り部」についてのお話もありました。
当日の語り部は全て英語で行い、リモートのため南三陸の景色と共にお送りしたものです。
「オンラインで南三陸を旅行しよう」という想いも込められていました。
動画や写真だけではなく、リアルな時間で「今」の状況を伝えられたかなと思います。
「KATARIBE」という言葉を日本のみならず、世界共通の言葉に。

震災の時は世界の皆様からたくさんの支援と温かい言葉を頂きました。
自然災害はいつどこで起きてもおかしくありません。
そのためにも起きたことをお伝えし、一人一人が自分と周りも守れるような存在になることが必要となってきます。

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【ステージトーク】

【インタビュアー】
小林 裕   様(一般社団法人東北みらい推進機構副理事/元NHK報道局映像センター長)
【ゲスト】
麻生川 敦  様(多賀城市教育長/元戸倉小学校校長)
佐藤 健一  様(アジア航測㈱/元気仙沼市危機管理監)
佐藤 由成  様(元高野会館営業部長)

動画はこちら⇩

ステージトークでは当館の語り部でも伝えております、
戸倉小学校、高野会館のこと、震災当時の気仙沼の事がインタビュアーの小林様と
ゲストの3名様で行われました。

・3月11日の前、9日に起きた地震の話。
・事前の備えを越えてしまう事態がおきたことなどがあげられ、
震災当時の写真と共に語られました。

動画は全て3回に分かれ、アップされています。
ぜひ、お時間のある際にでもご覧いただけますと幸いです。
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3月1日の「エクスカーション 南三陸コース」につきましては来週、掲載致します。

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