小さな秋

6日ぶりのご無沙汰です。Blurbirder*Sです。

訳あって、今週は1日早い更新です。

 

朝夕、随分涼しくなりました。

というより、もう肌寒く感じられる日もありますね。

志津川湾、9月の朝です。

今頃はちょうど 観洋から太平洋を望んだ湾の中央付近から陽は昇ります。

湾内には、養殖施設で作業をする船のシルエット。

水面を渡るヒンヤリとした潮風に、秋の気配を感じます。

 

秋の入り口、南三陸町近郊で 小さな秋を探してみました。

北上川の支流には、ススキの穂が 西に傾いた陽に 輝いています。

まだ 穂は若く、綿毛のようなフサフサは見られません。

いよいよ これからが開花。花が咲いて、

1か月ほどで 芒(ノギ)と呼ばれるフサフサが付いて 金色に輝きます。

この、芒(ノギ)。

花の終わりには、ちょうど、タンポポの綿毛のようにふわふわと宙に舞い、

種を遠くへと運びます。

 

公園の一角には、栗の木。

木自体の丈は まだ小さいのですが、しっかり緑色のイガグリをつけています。

ただ、付いている実の数は全体的に少な目。ちゃんと 実ってくれるのかな?

 

ふと 気が付けば、抜けるような青空。

澄み切った 秋の空気を感じます。

 

とりのこされたように売店軒先には 氷暖簾(こおりのれん)。

もう 季節外れ、という印象以上に 一抹のさびしさを感じます。

 

一方、家々の軒先には・・・

おなじみ秋の花、

コスモス♪

濃い紅、薄紅。

別名 秋桜(あきざくら)、というだけあって 文字通り「華やか」な雰囲気。

 

コスモスは、キク科コスモス属の花。

花言葉は、「少女の純真」・「真心」。

その姿は、心 惹きつけ、和ませてくれます。

 

一方、川べりや国道沿いで見つけた この花。

黄色いコスモス?と思ったら、どこか様子が違う。

調べてみたら、キクイモの花。(違ったらゴメンナサイ!)

コスモスと同じキク科の花ですが、ヒマワリ属。

そういわれてみれば、花自体は小さいけれど、

色と形にヒマワリ的な趣きがありますね。

 

日が暮れて、夜ともなれば、冴えわたる 月影。

志津川湾の水平線に現れたばかりの月の色は 赤く、

昇るにつれて次第に黄金色から銀色へと変化して

魅力的な表情を見せてくれるの で・す・が、

残念ながら この日は カメラスタンバイが遅れ、

その赤い「表情」を撮り逸れてしまいました。雲に遮られて・・・

それでも、水平線上の雲に隠れた 月がもたらす光は、

漁業信仰の島 椿島を幻想的に浮かび上がらせ、

雲が切れたところで 光の道を渡してくれました。

客室の窓からは「うわ~! めっちゃ きれい!!!」という 叫び声も。

 

南三陸ホテル観洋自慢の、志津川湾の絶景は

日の出もさることながら、月の夜もまた 魅力的です。

 

秋はまだ「小さい」ですが、

日中と朝夕の気温差が相当に「大きい」ので、

どうぞ風邪など召しませぬよう お気を付けくださいませ。

 

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近隣の桜が見ごろです✿

こんにちは、むっちゃんです(*^^)

先日はお天気も良かったので、お花見に行ってきました~

松島の西行戻しの松公園です。
見頃だったので駐車場はたいへん混み合っておりましたが…
海と桜のコントラストはとても綺麗でした!

当館からは車で約1時間です♪

さて、
正面玄関の「末広桜」も見頃ですが、
他にも南三陸町内に桜スポットがあるんです!

当館から車で約10分
東山公園・西宮神社です。

早速今日の午前中に行ってきましたが、
ちょうど満開で見頃を迎えています。

たくさんの赤い提灯が飾られていて
ライトアップされる夜も魅力的ですよ。

神社までの上り坂にはスイセンも綺麗に咲いております。

付近に駐車場はありませんが、
お子様が遊べる遊具もありますので、
ぜひ足を運んでみてくださいね(*´∀`*)

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あああ

宜しくお願い致します
\(^o^)/

 

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秋 ミニ散歩

一週間ぶりのご無沙汰です、Bluebirder*Sです。

一雨ごとに 秋が深まる南三陸町。 志津川の海辺を歩いてみました。

抜けるような青空をは背景に、紅葉。 ケヤキ、かな? 違うかも。

でも赤と青のコントラストが鮮やかで キレイ!

町内志津川地区 林漁港で見上げた景色も 秋色ですね。

 

湾内には お馴染みのウミネコに交じって ユリカモメの姿も。

今は もう秋 誰もいない海~♪ は、トワ・エ・モア 昭和のJ-POP。

この季節になると、なぜかあの曲と歌詞が頭の中でリフレイン♪ してくるんです。

そして、な・ぜ・か 砂浜に出かけてしまう習性があるが Bluebirder*Sでございます。

復活2年目、夏の海水浴シーズンは大いに賑わった 海水浴場。

サンオーレ袖浜の砂浜には親子連れの姿がありました。

波打ち際で、波と戯れ 砂遊びをしていました。

そんな光景を眺めてたら、なんとなく ほのぼのとした気持ちに。

やっぱり こどもの居る風景はいいですね!

 

きれいに公園も整備された近辺は、町内でも指折りのナイスビュースポットで

今や、すっかり町民憩いの場です。

 

一方、

こちらは、北の恋人岬からの眺め。

絶壁にたたずんでいたところ・・・、

右手に アキアカネ! 手乗り アカトンボです。

温かだった日中に比べ、肌寒くなった夕刻

おそらく温もりが欲しくて たまたま私の手に「とまってみた」のでしょう。

手で払わなければ 逃げませんでしたから、かなり「寒がり」なトンボだったようです。

彼らは、卵に命を宿して 一生を終える時期。

小さな命に いかばかりかの愛おしさを感じました。

 

この日の志津川湾には 少し大きめのうねりがあって、

波が岩に砕けては、水しぶきを上げていました。

この怒涛に近い激しさは、さながら 日本海的な 光景です。

 

夕暮れ時の袖浜は、徐々に黄昏て・・・。

ホテル観洋を向こうに望む海辺は 夕日に染まり

秋の風情を深く感じた、秋の袖浜でした。

 

モアイ岩 向こうに広がる 志津川湾  この辺り 散歩にはもってこいですよ♪

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恋人岬 in 南三陸町

一週間ぶりのご無沙汰です Bluebirder*Sです。

「スペイン統治時代、グァムの先住民であるチャモロ族の娘が、
結婚を迫るスペイン人総督から逃れ、
同族の恋人と永遠の愛を誓い
お互いの髪を結びあって岬の断崖から身を投じた・・・」

そんな悲恋伝説がモチーフになっているのが グァムの恋人岬です。

グアムで最も有名な景勝地で、岬の公園には

岬の名の由来でもある男女が抱き合う像が立っているそうです。

みなさん! 南三陸町にも「恋人岬」があるのをご存じでしょうか?

知る由もなし。なにせ 今年7月に誕生したばかりなのですから。

この地は、南三陸町志津川の袖浜地区、明神崎。

 

南三陸町の「恋人岬」は その名も「北の恋人岬」。

40年ほど前、ここには公園があって、

すぐ横に袖浜海水浴場もあったことから 多くの若者でにぎわいました。

しかし、その後 海水浴場は漁港に姿を変えたことから、

公園として利用されなくなってしまっていました。

 

公園を復活させたい。

そんな町民の願いから平成27年9月に整備が始まり、

大勢のボランティアなどの協力を得て、

南三陸町にも 恋人の聖地「北の恋人岬」は完成しました。

幸せの鐘や記念碑などが設置されていて、

この鐘の音がまた心地よく、心安らぐ響きなのです。

静岡県伊豆市を筆頭に、各地に存在する恋人岬。

どこも劣らぬ景勝地のようですが、

北の恋人岬も 志津川湾に面して風光明媚な場所。

南三陸の新名所としてご紹介できそうです。

鐘を鳴らしましょう。復興への祈りも込めて。

町は 今 復興の中  あの鐘を鳴らすのは あなた

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仙台藩養蚕の祖

一週間ぶりのご無沙汰です、Bluebirder*Sです。

北海道の震度7・・・ 午前3時ごろの大地震でしたね。

南三陸町でも速報の1分後に感じられた揺れには驚かされました。

被災されました皆さま方には 心より深くお見舞い申し上げますとともに

一日も早い再建をお祈り申し上げます。

さて、南三陸町の入谷地区は、

かつて仙台藩養蚕発祥の地として絹の生産で栄え繁栄しました。

南三陸町でもその昔は農家の大切な副業だったんです。

その始祖となったのが、この人

山内甚之丞(やまうちじんのじょう) です。

雨上がりの南三陸町入谷地区で、

その山内甚之丞の偉業を偲ぶ 公園を見つけました。

その名は、弥生公園。

「昇仙の杜 弥生公園」 と記されていますね。

入谷は、もともと金の産地。これも 知る人ぞ知る南三陸の歴史のひとつです。

その産金が底を尽いた享保年間、

若くして福島に赴き養蚕と製糸の技術を習得して仙台藩全域に伝授したのが

山内甚之丞で 「養蚕の始祖」と仰がれました。

こちらは、昇仙橋。

この橋は、山内甚之丞が数々の功績を認められ仙台藩より名字帯刀を許されて

仙台に行くことになった時 渡った橋と言い伝えられています。

甚之丞は大肝入として地域の生産を増やして産業を盛んにし、

飢きんに見舞われた人たちを救い民を助け、道路を造り寺社を改築、

地域の住民から熱く敬われ神様として奉られた人。

その功績により班の大番士に取り立てられ、仙台へ登った・・・、ということなのです。

以来 甚兵衛をはじめ子孫は代々藩士として生糸吟味役に任じられ、

ついに銘柄「金華山」を生産、

京都西陣はおろか幕末には米国にまで輸出し外貨の獲得に貢献しました。

維新後は旭製糸会社に受け継がれ

パリ万博にはグランプリを獲得し志津川の名声を高めたとのこと。

山内甚之丞・甚兵衛父子の墓所がある弥生公園は町指定の史跡です。

そんな史跡のある入谷桜沢は、雨上がり。

カタツムリも姿を見せた公園内には

アジサイやサルスベリが咲き残っていました。

一方で、ススキの穂に 栗の実

秋の風情が漂い始めた入谷の里。

そんな入谷を伊達藩養蚕業の一大産地として発展させた 山内甚之丞。

その後 山内家が数世紀に亘って地域の住民の生業を確立した功績は

弥生公園 昇仙の杜が伝えています。

 

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