Kadonowaki Elementary School Ruins

 

The former Kadowaki Elementary School, which was constructed as the remains of the Great East Japan Earthquake, was opened to the public from April 3rd.

Kadowaki Elementary School is the only earthquake disaster site that leaves traces of the tsunami fire.

The black stone is engraved with a school song along with a picture of the school building before the earthquake.

The school building seen from the parking lot.

The front entrance is quite damaged, but it retains its old shape.

The school building on the left side of the front.

Enter the entrance,

Purchase a ticket and get a pamphlet with a tour route.

After observing the damaged fire engine and the city’s official car exhibited at the indoor playground, I went to the main school building, which is the remains of the earthquake.

A line of tsunami inundation height is drawn in the school building.

The principal’s room and staff room are on the first floor,

There are classrooms on the 2nd and 3rd floors, and you can see what they were like at the time of the earthquake.

From the 3rd floor to the exhibition hall building,

The school emblem was the same as it used to be.
The damage situation of Kadonowaki Elementary School, historical chronology, photos of events, relics, etc. are exhibited.

Photograph at the time of the earthquake

Behind the school building

State of the town before the earthquake

Finally, the temporary housing that was actually used is on display.

I think it is necessary to learn the events and lessons of the earthquake, so if you have the opportunity, please go visit.

Please kindly check the latest information from following site ; Kadonowaki Elementary School Ruins

 

Access to “Kadonowaki Elementary School Ruins” ; About 50 minutes drive from our hotel

Good day ! from Minhong

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現地で学びを。

皆さん、こんにちは!カナです(・∞・*)

今日は「みやぎ感DO!プログラム」のご紹介です。
こちらのプログラムでは、
「SDGs探求学習特化プログラム」から始まり、
「震災・防災・減災学習」「食文化体験」「自然体験」
様々な事を学ぶことができます。
※各施設の詳細は上記それぞれの名前部分よりご覧いただけます。

当館は「震災を風化させないための語り部バス」や
震災遺構として遺る二つの建物がプログラムの中に組み込まれております。

◆「震災を風化させないための語り部バス」

朝8時45分より60分の所要時間となります。
町内の震災状況、震災遺構などをあの日、現場に居たスタッフがご説明します。
※こちらのコースはご宿泊者様ではなく日帰りの方もご参加可能です。
事前予約制になりますので、ご不明な点はお問い合わせくださいませ。

◆震災遺構「高野会館」
※周辺の整備を行う前の写真となります。

高野会館では震災当時、建物の屋上に避難を行い、
327名と犬2匹の命が救われた場所です。
かつてこの周りには病院や大きなお店もありました。
建物の中では屋上までの階段を登ると津波の跡も確認できます。
※普段は立ち入り禁止の為、高野会館の語り部に参加された際のみヘルメットを着用の上、中にお入り頂けます。

◆震災遺構「命のらせん階段」

㈱阿部長商店の創業者である阿部会長の元自宅にある「命のらせん階段」は、
会長自身が1960年5月のチリ地震の津波で多くの人を失われた事を教訓に、
同じ悲しみを繰り返さないようにとの想いで、震災の4年前にらせん式の外階段を取り付けました。
普段より、地域住民の方々とも避難訓練を行っていた結果もあり、
震災当日は約30名が大津波から命を守ることが出来たこの階段は、
「命のらせん階段」と、名づけられました。
※こちらは現在一般公開は未だされておりません。年内中には完成する見込みでございます。

「防災・減災」学習。
もちろん、新聞記事や写真などでも学ぶことは可能です。
ですが、もし機会があれば、実際に現地で学びを深めるのも
今後の備えへとつながるのではないかと思います。

上記の「感DO!プログラム」は教育旅行(修学旅行)や
団体様でご利用される場合に、学びの幅が広がるものです。

当館で行っている「震災を風化させないための語り部バス」につきましては
ご宿泊されたお客様、日帰りでご利用される方も事前にご予約を
頂ければご参加いただけます。

詳細はお電話もしくは、フロントにてお問い合わせくださいませ。
※専用バスにご乗車の場合は「アルコール消毒」「マスクの着用」等にご協力をお願い致します。

宮城県のみならず、様々な場所で最近地震が多く起きています。
「慣れ」ほど怖いものはありません。
普段から避難経路等、今一度確認をしてみるのも「備え」になりますね。

それでは今日はこの辺で!また来週。

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震災伝承施設~塩竈市津波防災センター~

皆様こんにちは、マッキーです。

今回は当館から車で約1時間10分。
JR仙石線本塩釜駅から徒歩10分。
震災伝承施設「塩竈市津波防災センター」を紹介いたします。

まずは1階の入口から館内に入り、
2階へ向かう階段の途中には、
震災当時の塩釜市の様子を記録した写真が展示されていました。

そして2階に上がると、
東日本大震災発炎からのタイムカウントがありました。
先日震災から丸11年が経過し、
4000日が過ぎた今もなお、あの日の記憶は残っている人も多いと思います。

館内には震災当日~震災7日目迄の塩釜市の記録が詳しく残されています。

写真はもちろん、
その日起きた出来事やライフラインの状況、
その日行う大切な事を簡潔にまとめていました。

そして展示室内には「自助・共助」と題して、


・各々が災害時に備えるべき非常持出品、生活用品
・各ご家庭で備えておく水と食料の目安、
・安全な場所への避難
・地域ぐるみの防災
以上について分かりやすくまとめていました。

また別の展示室内には、
震災から7日間について、
操作しながら映像で学べる「知識の種」という展示の他、

さらに巡視船「まつしま」が海上で約10メートル以上の津波を乗り越える、
緊迫した状況を実際の無線の音声を交えて知る事ができます。
こちらは迫力ある映像をご覧いただけます。

更に震災時の海上保安庁の対応も多くの写真を通して、
学ぶ事ができます。

この他にも、
・防災・減災力の強化について
・年表のような形式でまとめられた震災から復興への記録
・松島湾に浮かぶ浦戸諸島が受け止めた津波
以上の展示もございました。

個人的には防災センターという事もあり、
震災時の被害状況もまとめてありますが、
遭遇した時の自分達ができる行動に重点を置いている、
今まであまり無いタイプの震災伝承施設かなと思いました。

近くには日本三景松島を走る遊覧船の停留所
マリンゲート塩釜」もございますので、
遊覧船の待ち時間等に訪れるのも良いかもしれませんね。

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【期間】
2022年3月31日(木)チェックイン分迄

【対象地域】
宮城県、岩手県在住者

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11年目 もの言わぬ語り部

一週間ぶりのご無沙汰です Bluebirder*Sです

3.11ウィーク

あれから11年・・・

町の震災遺構 防災対策庁舎
こちらは 8年前の1月21日の様子

当時は庁舎の正面に献花台が置かれ
語り部バスでも お客様から
花を手向けたり 手を合わせたりして頂いていました

復興の工事が進み
庁舎前にあった この池も
今は 八幡川の巨大な堤防の下に消えてしまいましたし
町の中心街のあった志津川地区は
大きく変貌してしまっています

往事の町の様子も思い起こせないくらいに

防災防災対策庁舎の 左向こうに見える”白い建物”は
民間震災遺構の ”高野会館”
当館ホテル観洋が 被災したままを残す
震災の伝承施設です

この高野会館が ”もの言わぬ語り部”

Bluebirderはじめ
当館の語り部が どれほど言葉を尽くそうとも
その存在が訴えかける力には
とうてい敵いません

「披露宴や芸能発表会など
高野会館にはたくさんの思い出があります
防潮堤や嵩上げの工事で すっかり変わってしまった町にあって
この建物があるからこそ どこに何があったのか
あの頃の街並みを思い起こせるのです」というのは
3.11の際 高野会館屋上に避難し
ぎりぎりの所で 命を守ることの出来た
こちらのお二人の証言です

今月5日に当館で開かれた
高野会館3.11の集いに招かれ
当時の体験を 会館屋上でお話しくださいました

高野会館は昭和61年 1986年築の
結婚式場
町のイベントも数多開かれ 多くの町民の思い出の場

津波で家ごと流され
想い出の写真さえ失ってしまった町民にとって
“記憶のアルバム”の詰まった場所です

3.11当日は 町内のお年寄りが集う 芸能発表会
3階イベントホールには 300人以上が居て
閉会式の最中に 大激震に襲われます

3分という余りに長く激しい揺れで恐怖心を煽られ
外へ避難しようと玄関に殺到する300人余りを
スタッフが押しとどめ
屋上に避難誘導したことで
327人と犬2匹が 命を守ることが出来ました

それは ”津波が屋上にまで到達”する中
ぎりぎりの避難劇だったのです

津波に遭い 破壊されたままが残るその場に
ひと度 立ち入れば
津波の猛威と恐ろしさが
そのまま伝わってきます


“高野会館3.11の集い”では
「場と時と 聴く人が居て はじめて伝承が叶う」こと
「命を守る”つなみてんでんこ”の重要性」
「変わらずその場にあるものの 大切さ」が 再確認されました

高野会館 それは まさに貴重な”伝承の場”として継承される
“もの言わぬ語り部”

みなさんも 是非 ”耳を傾けて”みてください
10時15分発の”語り部バス”で ご案内します

冒頭の防災対策庁舎を撮影した日の8日後
2014年1月29日の 志津川湾の夜明けです

こうして 時にたまらなく美しさを湛える”自然の営み”は
“震災前”も ”震災時”も
“震災後”も そして”今”も 変わりがありません

震災も津波も
そうした”自然の営み”のひとつであることを
常に忘れず備えることも 災害の残した教訓です

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震災伝承施設~せんだい3.11メモリアル交流館・後編~

皆様こんにちは、マッキーです。

今回は震災伝承施設「せんだい3.11メモリアル交流館」後編をお届けいたします。
先週は1階部分にある交流スペースについてお伝えいたしましたが、
本日は2階の展示室及び屋上庭園についてお伝えいたします。

まず展示室前に見えるのが…「仙台沿岸イラストマップ」

来館者の皆様が沿岸部の思い出を付箋で貼り、
仙台在住のイラストレーター佐藤ジュンコ氏が少しずつ描き上げる、
誰もが参加できる展示となっています。

そして今回のメインとなる展示室の中へ、
この展示スペースの床や机の天板には、
環境にも配慮しているのでしょうか、
津波により東被害を受けて解体された
東六郷小学校の体育館の床板を再利用しています。

また館内の各所にある椅子は
震災遺構となった荒浜小学校の椅子が使われています。

震災以前の仙台市沿岸部の様子から始まり、
震災時の被害状況や復旧・復興に向けた状況を多くの写真やパネルを使用して、
被災者の声も織り交ぜながら分かりやすく説明しています。

この中で個人的に気になる写真をいくつかピックアップいたします。

1枚目は震災前の深沼海水浴場。
震災前に多くの人々で賑わうこの場所も、
地震による津波により多くの人々が犠牲になりました。

私はその時、米沢で高校生活を送っていたので、
実際に現場には居ませんでしたが、
当時の報道・映像で見る仙台市沿岸部(荒浜地区)の様子は、
今でも少し覚えている程、衝撃的な内容でした。

2枚目は荒浜小学校。
恐らく地域住民の方々でしょうか、
多くの人が屋上に避難しているのがよく分かります。

そして辺り一面が黒い津波に覆われ、
荒浜小学校がまるで孤島のように見えます。
この荒浜小学校は2017年より震災遺構として公開となっています。

そして3枚目は震災から2年後に日本一になりました
東北楽天ゴールデンイーグルス

多くの被災者を勇気づける活躍に、
心を打たれた東北の皆様も多いはずです。

また展示室内には、
この一角だけタイムスリップしたかのような雰囲気漂う中で、
昭和30年代の昔話を聴く事ができるコーナーと…

こちらの一角は、
まるで絵本の中に入ったかのような空間で楽しめる、
仙台市東部沿岸地域の伝承と物語の企画展もございました。

さらに上の階へ進むと…
データで見る3.11として、
震災と健康に関するパネル等がございました。

そして屋上庭園は、
木目の床と植物が街中の喧騒を忘れらせる空間となっています。

ベンチも何席がございますので、
晴れた日はここでランチとかも良いかもしれませんね。

また荒井駅周辺や仙台市内の様子も遠くに見ることができます。

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 【観洋ちゃんねる】 動画アップ! 

当館では宿泊者様限定で
仙台駅東口より無料シャトルバスを運行しております。
仙台駅のどこから乗るの? 何時に出発するの?
どれくらいの時間がかかるの?といった質問にお答えするべく
観洋ちゃんねる班のメンバーが実際に乗車し
撮影を行いました。
ぜひご覧ください♪

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