第2回語り部フォーラム

1週間ぶりのご無沙汰です、Bluebirder*Sです。

 

24日、南三陸ホテル観洋では、

第2回東北被災地語り部フォーラムが開かれました。

メインテーマは「みんなが語り部」。

Bluebirderは、MCを担当しました。

北は北海道から南は熊本まで、一般の参加者も含めて実に400人が出席。

 

メインパネルディスカッションでは、元ホテルリッツカールトン日本支社長で

人とホスピタリティ研究所代表 高野 登さんをコーディネーター、

民族研究家の結城 登美雄さんをコメンテーターに

4人のパネラーが語り部について、考察を深めました。

この中で、北と南の路線が繋がり

来月には 晴れてリアス線が誕生する三陸鉄道の二橋(にはし)守さんからは、

被災当時、地元が真っ先に望んだのは 陸路ではなく鉄道の復活だったこと。

「すぐに復活できるところから運行を始める」という逸早い社長の決断が、

被災当日から、何と5日後に運行が再開されたこと。

鉄路を後世に残し、3.11の教訓を残そうという確固たる意思が

三陸鉄道の存続に繋がったことが紹介されました。

その後 三陸鉄道では次世代を担う子どもたちに教訓を伝えることを目的に

「震災学習列車」をスタート。

特に修学旅行の児童生徒の利用が増えています。

 

二橋さんは、最後のコメントでは はにかみながら、

ただ まじめな列車は「震災学習列車」だけで、

ほかはドキドキワクワクする鉄道にして行きたい、と締めくくりました。

岩手第三セクター三陸鉄道のこの考え方は、

復興に向かう被災地のどこでも望まれることではないでしょうか。

南三陸町とホテル観洋の今後にもそのままを重ねれば、

語り部バスは、震災の記憶を風化させず

防災・減災につなぐという使命を果たす一方で、

町を訪れ、観洋を訪れる人が、ドキドキワクワクする町に、

宿にしていくことを念頭に進むことが大切なのだということを、

二橋さんは教えて下さった そんな気がします。

二橋さん、ありがとうこざいます!

観洋でも 三鉄に負けず

お客さまの「来てよかった」「ドキドキワクワク」を

どんどん創らなきゃ、です。

 

また、南三陸みなさん会の後藤一磨さんは、

豊かな藻場としてラムサール条約の登録を受けた志津川湾は、

実は3.11の津波が海底を洗ったことで、湾内の環境が50年若返った。

ただその一方で、鮭が不漁で 名産のタコが小ぶりになってしまっているのは

分水嶺の流れを防潮堤が遮り、コンクリートの成分が溶け出していることが

原因ではなかろうかと 懸念しています。

震災前は、スキューバダイビングも盛んだったという志津川湾。

もし、これが懸念ではなく、明らかな悪影響なのであれば、

海のドキドキワクワクの一部が失われてしまうことになりかねません。

自然という「語り部」にも 耳を傾け、注意を払っていく必要性も

大いにあるようです。

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鮭 帰る

一週間ぶりのご無沙汰です、Bluebirder*Sです。

一雨ごとに、秋深まる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

 

さて、南三陸町の絶景を誇る志津川湾が、

水鳥の生息地として国際的に重要な湿地の保全を目指す

ラムサール条約」に正式に登録されました。

湾内は南限北限の藻類が混生している貴重な藻場(もば)です。

藻類というのは若布や昆布といった海藻のたぐいで、

中でもアマモは、国の天然記念物で絶滅危惧種の「コクガン」の大好物。

毎年、100羽から200羽やって来て、湾内で越冬します。

地球上に既に8000羽程度しか生息していないとも言われるコクガンを養う

豊かな自然が志津川湾には存在する、その「証」が ラムサール条約登録。

これから、観光面でも大いにアピール出来るので、楽しみです。

 

さてさて、こちらは、向こうに観洋を望む 八幡川河口。

生物の多様性を誇る志津川湾ですが、

この19日のこと、団体のお客さまを町内案内していたところ

志津川地区を流れる 八幡川の水面に、三角のヒレ!!

鮫?!  まるで、往年のパニック映画「ジョーズ」のワンシーン・・・

まさか 志津川湾が 鮫が現れる危険な海だったとは・・・

いい~え、こちらは 生まれた川に戻ってきた 鮭の尾びれです。

こちらは 背ビレも一緒に見えています。

ですから、志津川湾は、「危険な海」ではなく、

鮭が帰ってくる 水の環境に優れた「豊かな海」なのです。

鮭の遡上は、南三陸町の秋の風物詩のひとつ。

大海を回遊してきた鮭は、川を遡上して産卵に向かうために、

海水と淡水の混じり合う汽水域で淡水に体を慣らしているところなのだと思われます。

時々、その「巨体」は飛び跳ねて水しぶきを上げ、

水面に大きな波紋を作っています。

川は、かねてから防潮堤工事と併せて コンクリート二面張りの工事が進められ、

鮭の遡上に悪い影響が及ばないか心配していましたが、

鮭は ちゃ~んと忘れず 生まれた川に帰ってきました。

ただ、去年の鮭漁は不漁だったと聞いています。

果たして この秋はどうなのでしょう。

鮭は川で生まれ、大海へ、そして再び生まれた川に帰って来ます。

この鮭の行動は、「母川回帰」と 呼ばれます。

シロザケの場合、河川で卵から孵化した稚魚は、春、雪解け水とともに海へ。

オホーツク海→大西洋西部→ベーリング海→アラスカ湾→ベーリング海→アラスカ湾

4年後、成熟した鮭は、ベーリング海から千島列島沿いに南下、

9月~12月頃、それぞれ日本の生まれ故郷の河川へと帰ります。

外洋で4年という長旅を終え、産卵のために故郷の河川を遡上する鮭。

地球規模で広大な外洋を巡った鮭が なぜ母川回帰することができるのでしょう。

これには諸説あって、生まれた川のにおいを覚えているという説が有力ですが、

それだけでは叶わないので、他の方法も併用していると考えられています。

はっきりしたことはわからず、未だに多くの謎に包まれています。

川から海へ・・・そして再び生まれ故郷の川へ・・・

鮭たちの長い旅は、まさに壮大なロマンと言えそうです。

そんな話に、鮭たちは ささやいているようです。

サーモンありなん、さもありなん・・・ってね。鮭だけに、 笑

鮭 帰る への2件のコメント