皆様こんにちは、マッキーです。
今回は3月2日に行われました
「第11回全国被災地語り部シンポジウム~石巻を感じ、学ぶコース~」について
紹介したいと思います。
こちらのコースは、
海の見える命の森・実行委員会にお世話になっている
森の番人こと阿部寛行様のアテンドによって始まりました。

南三陸ホテル観洋から大川小学校に向かう道中に
当時の被災状況、そして地域で抱える問題について語っていただき、
また参加者からの質問に対して真摯に答えていただきました。
大川小学校に到着後、
大川伝承の会協同代表の鈴木典行様による語り部が行われました。

東日本大震災の津波で児童・教職員84人が死亡・行方不明になった大川小学校。
自身も当時6年生だった次女を亡くした鈴木典行様。
被害の甚大さが克明に記録されている大川小学校を観ながら、
当時の想いやここまでの歩みを語っていただきました。

身振り手振りを交えて話す様子に、
参加者の皆様も真剣に聞き入っていました。
大川小学校は、多くの方が犠牲となってしまった場所です。
鈴木様も、大事なお子さんをなくしておりますが、
このような悲劇を繰り返さぬよう、伝える活動をしておられます。

あの日何故、先生•生徒は校庭に留まっていたのか
(地震から津波が恐らく到達したと思われる約50分の行動)
地震や津波に対する恐怖や寒さと闘う生徒達、
津波の際の対応が分からず混乱する先生達の様子が
鈴木様のお話や写真・データ等でよく分かりました。

実は、まるで自分達の庭のように野外学習で使用していた
学校近くの山は実際に登って見ても、
本来は恐らく3~5分で足を運べる場所であり、
様々な状況を考慮しても10~15分程で避難できるのではと思いました。
生徒の中には山に避難しようとした子供もおり、
その子供達は山へ逃げていれば、
もしかしたら命は助かっていた可能性が高いと思われます。

しかし実際は多くの先生・生徒が何故か
川の近くにある三角地帯に避難したようです。
そして恐らく避難途中に津波に巻き込まれ、
土砂や瓦礫の中に子供達が居るかもしれないという中、
なるべく傷つけないよう道具を使わずに素手で掘り起こすという
鈴木様含め保護者の想像を絶するような状況、
またこのような状況にも関わらず、
自分の子供の遺体を探し出した際に保護者でさえ、
家族の元へ運んだりする事が出来ず、
色々な決まり事に縛られるやるせない気持ち。
その2つが印象に残っています。

仲の良い友達や兄弟姉妹が抱き合い、
折り重なった状態で遺体となって発見されており、
その様子を聞くだけで胸が痛みます。
東日本大震災を通じて「命を守る3つのS」という言葉を
教えていただきました。
・SWITCH(避難のスイッチ…逃げる」)
・SAFE(安全な避難場所に)
・SAVE(避難後も命を守る…安全な場所に逃げたら戻らない)

また「正常性バイアス(これくらいなら大丈夫)」と
「同調性バイアス(皆と一緒、皆が逃げない)」が
逃げるSWitchがONにならない原因として考えられています。
非常事態に備えて定期的な訓練はもちろん、
冷静さや状況を的確に判断する力等が重要なのかと考えました。

そして昼食を挟み、
日和幼稚園遺族有志の会の佐藤美香様による語り部が行われました。
当時6歳だった最愛の愛梨さんを
津波に伴う幼稚園バスの火災で亡くされた佐藤美香様。


まずは震災伝承交流施設「MEET門脇」で
愛梨さんの事を数多く伺いました。
水色のクレヨンが大好きで背が高い方という事、
その一言一句に娘さんに対する母の想いが伝わり、
それと同時に火災により黒く焦げたクレヨンの箱等を見ると、
胸を締め付けられるような思いになりました。


そして津波が来る前に停車していた
日和山のふもとにある「門脇小学校」へ

多くの親たちがお子様を引き渡す場所となっていました。
この場所でお伺いしたのは幼稚園バスの通常とは異なる運行体制に伴い、
愛梨さんは本来乗るはずの無いバスに乗車、
そして先生達はふもとの門脇小学校までは来たのですが、
子供達と一緒に避難するわけでなく、伝言を届けた後に戻っていきました。
バスの中で皆が恐怖や様々な想いで泣くなかで、
泣かずに周りの子を励まし続ける愛梨さん。
自分が幼稚園児だったら絶対にできないだろうなと思います。

小学校から大人の足で歩いて2分程、
様々な状況を考えても子供の足で5分も歩けば着くであろう
この少し高い場所に移動すれば、
津波に遭う事はなかったと考えると、
「なぜ?」という気持ちになりました。

そして門脇小学校から高台の幼稚園までは大人の足で歩いで5分で着く距離。
本当にやるせない気持ちになります。
大人の正しい判断に伴い逃げていれば助かるはずの命なのに…

そして焼け焦げた幼稚園バスが見つかった場所へ。

運転手が逃げて助かる中、
津波に飲まれても尚、助けの声を上げる子供達。
近所の方の証言から3月11日の夜中までは生きていたと考えられ、
その後に火災により亡くなったと思われます。
「どうせ亡くなるなら津波に飲まれてひと思いのほうが…」
美香様の悲痛な訴えがとても印象的でした。

最後に日和幼稚園の事故で亡くなった子供達の慰霊碑へ。

本来様々な人生のイベントを経験するはずだった愛梨さん。
「ただいま」「おかえり」の挨拶が当たり前の日常が幸せであり、
様々な式を迎え、成長を見守る事ができなかった、
娘に起きた出来事を語り継ぐ事によって、
私は娘の命を生かし続けてあげたい。
こういう悲劇が二度と起きないという想いで語り部活動を続けていくとの事です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
震災を学び、防災・減災へ繋げる
3月4月限定
【語り部バス無料付 忘れないために訪れる南三陸メモリアル宿泊プラン】
ジャパン・ツーリズム・アワード2017 大賞を受賞した
「震災を風化させないための語り部バス」が無料で付いた、
3月限定のメモリアル宿泊プランです。
2011年3月11日に発生した東日本大震災。
当時、被災地で何が起こり、どのような教訓が残されたのかを、
実際に被災地を巡りながら語り部が伝えます。
本プランは、ご夕食に鮑の踊り焼をお楽しみいただける宿泊プランと、
語り部バスをセットにした特別プランです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

































































































