いらっしゃいませ。

やわらかな日差しとは、うらはらにひんやりした空気が頬を刺す3月2週目です。本日は、マリンパル保育士三浦美香がお伝えいたします。

令和8年3月11日東日本大震災から15年目を迎え、今日で二日目。
一頃より静かになったとはいえ一昨日は震災関連のニュースでもちきりでしたが、今日は、静かで穏やかな一日を迎えました。今町は、ワカメやメカブの最盛期を迎え浜は、活気にあふれています。あと数日もすれば、山では、こごみやふきのとうが生え始め、熊騒ぎさえなければ山菜取りも楽しい季節になる事でしょう。それをどこか「淋しい」と感じる方もおられるかもしれませんが、あの大災害から静かで穏やかな日常を迎えるまで、それだけの年月が必要だったことを思うと、果たしてここではないどこかの大きな街で、もしも想定外の大災害が起こった時、何年でこの日常を取り戻せるのでしょう・・・と、ふと考えてしまいました。

平成23年3月11日金曜日。14:46。お昼寝時のマリンパルには、5人の子どもたちが眠っていました。その日、お休みだった子の中には、4F建てのアパートの屋上で津波を真っ向から見ながらお母さんがより高い場所へより高い場所へと息子を掲げ、九死に一生を得た子や、神社の周囲をぐるりと囲むように津波がきた中で地区のみなさんや小中学生と一緒に一夜を明かした子、たまたま出かけた南三陸町役場(旧防災庁舎隣)で被災し志津川小学校に避難誘導されたおかげで津波から難を逃れることができた子等もおりました。

地震が発生した時マリンパルでは、子どもたちの安全を考えお昼寝用の布団をくるりと裏返しにして子どもたちの頭や体に物が落ちてこないように守りました。長い長い揺れに建物の倒壊を恐れ、私たち保育士は、渡り板を建物から離れた園庭に並べ子どもたちに布団を着せるように被せ外に避難しました。子どもたちのそばにはゆき先生を残し、ひとみ先生がサッシや窓を開け放ち子どもたちの荷物や私たちの荷物を外に放り出してくれました。私は、子どもたちの口にすぐ入るもの(おやつやバナナ)を袋にまとめ外に持って逃げました。驚いた事にそれでも地震は続いていたのです。
電気が消え非常事態を告げるサイレンが鳴り響き子どもたちは怯えながらも誰一人泣いて騒ぐ子はおりませんでした。「絶対助ける。絶対守る」その言葉に真剣な顔でうなづいていました。10メートルを超える未曾有の大津波が襲来したのは、それから30分後のことでした。
震災後たくさんの人の力を借りてようやく日常を迎えることができました。
本当に、どうもありがとうございました。
あの日お世話になったたくさんの皆様にもう一度会いたい!そんな思いはいつでもあります。どうぞ、私たちの今を見ていただきたい!こんなに元気に頑張っている喜びを皆様と分かち合いたい!そんな思いでいっぱいです。
マリンパル保育園は、常に活動的な保育園ですので最近では、園外保育も充実しておりホテルのドライバーさんの力をお借りして遠方に出かけることもあります。
もしもお越しになる際は、前もってご一報いただければ幸いです。
今後とも、南三陸ホテル観洋同様にマリンパル保育園をどうぞよろしくお願いいたします。
今日は、震災後の写真をいくつかピックアップして載せてみました。
来週は、園外保育の子どもたちの元気な写真をたくさんご紹介しますのでお楽しみに(^_-)

